2012年5月27日 (日)

仙塩尾根|野呂川越~三峰岳~三国沢~農鳥小屋

Kitadakefuji 日本第一の高峰「富士山(3776m」と日本第二の高峰「北岳(3193m)」のコラボレーションを見ることができる唯一の山頂、仙丈ケ岳(3033m)です。

実は、この仙丈ケ岳。健脚者なら北沢峠から日帰りが可能なのです。伊那市(旧長谷村)8時の戸台口発のバスに乗ると標高約2000mの北沢峠に9時に着きます。6時間で行程をおさめることができる健脚者なら北沢峠16時発のバスに間に合います。ご遠方や6時間で走破する自信のない方は、前日に北沢峠で一泊して、早朝に出発すると良いです。仙丈ケ岳の日帰りの記事は、いずれ詳しくお話します。

 ところで、本日お話しする「三峰岳(みつみねだけ)」ですが、近年、この山を他から来た登山者は「みぶだけ」と読む人がほとんどです。「みぶ」とは麓を流れる「三峰川(みぶがわ)」というからであろうと思われるのですが、山のほうは「みつみねだけ」と、素直に読むのが地元や古来からの読み方です。

 ガイドブックで堂々と「みぶだけ」と載っているのがほとんどで、いつのまにか「みぶだけ」になってしまったのであろう。(唯一、登山家の白旗史朗氏執筆のガイド地図では「みつみねだけ」となっている。その中で、白旗氏も「ミブ岳とよぶのはまちがいである」と述べている。)

 情報とは山の名前をも変えてしまう恐ろしいものです。「Mt.Mibu→」と、堂々と手作り道しるべをつけていく登山者もいて困ったものである。

 なんだか、情報社会の中、山の名前まで変わってしまって残念ですが、時代は情報によって作られるということの縮図を見ているようです。では、昨日の続きをお話します。

尊無上亜甲中玄   玄上


行者にお悩み事の相談は御霊断鑑定へどうぞ。

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 翌朝、野呂川のほとりにある両俣小屋から昨日下りてきた登山道を登り返さねばならない。標高差にして約300mの登りになる。小屋を出てしばらくは野呂川沿いの穏やかな道であるが、山肌に取り付くジグザグの道に入ると急登りとなる。昨日下ってきたので、ピッチを段取りよくとれば苦にはならないかもしれない。1時間ほどで昨日降下した仙塩尾根の野呂川越に到着する。木の間から朝日が差し込んで眩しいところだ。

 仙丈ケ岳からこの野呂川越までは日本百名山である仙丈ケ岳と北岳を結んで山旅をする登山者もいるので比較的踏まれた山道であるが、今日行く山道はところどころブッシュで覆われていたり快適な山道ではない。Sensiobushまさに、ある登山者が言ったようにバカしか行かないバカ尾根というところが野呂川越から標高3000メートルまで登り返しとなるこの区間である。

 私もバカになって足を運んだものだ。時には、小学1年生の娘を連れて行ったこともあった(そのせいか、娘も山好きになってしまった)。しかし、秘境の山域である。ガイドブックにも詳しいことは載っていないし、この尾根から見る南アルプスも一風変わっている。また、森林限界に出るまでの森は、人の手が入っていない南アルプスの秘境でありながら、山小屋も尾根上にあるので白峰南嶺のように難しくないルートでもある。ただ、山小屋から山小屋までの行程が長いので体力に自信のある人(自信だけではダメだが)のみが入ることができる山域であることは白峰南嶺と何ら変わりない。

 野呂川越からすぐに登りが始まる。南アルプスの原生林の中を尾根伝いに、いくつかの「こぶ」を越えながら登っていく。道が急になって、上を見上げれば、何かの山頂かと思いきや、尾根上のただの「こぶ」であり、道は平坦からだんだん急になる。樹林の中を繰り返すわけであるが、途中に山頂のない登りが淡々と続く。

 ダケカンバが現れると、空が広がった平坦にでる。そろそろ森林限界を思わせるところだ。東に中白根沢の頭を伴った北岳が大きい。その南には中白峰、間ノ岳と、南アルプス北部の3000メートルを越える山々が連なる。

Mitumineiwa 森林限界に出たころ、目の前に岩壁が出現する。野呂川側に巻いて登るように針金や赤テープがつけられている。この岩壁をひと登りすると、正面に三峰岳(みつみねだけ、標高2999m)が険しい岩肌を見せている。これから登るところであり、仙塩尾根の中間点でもあろう。

 さて、仙塩尾根から見ればどっしりとも険しい山体の三峰岳であるが、間ノ岳から見るとただの尾根のこぶのようにしか見えない。仙塩尾根を歩いてはじめてこの山の良さがわかるであろう。 
 
 仙塩尾根から見る三峰岳はまるで槍ヶ岳のようにそびえて見える。森林限界を抜けて三峰岳に向かう稜線は最高に気分がいい。ほとんど人にも会わない。1997sensiomitumine まあ、この素晴らしい尾根を「馬鹿尾根」とは誰が言ったか知らないが、とんでもない表現であろうと思う。こう思う私は完璧に馬鹿なのか、物好きかわからぬが、登山者であふれる山域の俗っぽさも無く、端麗である。

 さて、尾根を登りつめると、そこは、間ノ岳から派生して、三峰岳に向かう尾根上、三峰岳の直下にたどり着く。三峰岳へは岩をひとのぼりで到着する。山頂は狭く周囲が切れ落ちている。特に三峰川の谷が急峻だ。三峰岳から南を見れば大川源流部の深い谷である。南アルプス自体、北アルプスに比べて若く、今もなお隆起を続けているそうだ。三峰岳は2999mだが100年もしないうちに3000mに達するらしいことを聞いたことがある。

 さて、長い一日、両俣小屋を出てかれこれ6時間は経っただろう。のんびりしすぎたかもしれない。三峰岳を後に、今夜の宿泊地の農鳥小屋に向かう。仙塩尾根を縦走するだけなら、南の熊野平に向かうのがガイドブックどおりであろうが、それでは面白くないので、農鳥岳に立ち寄っていくことにする。

 三峰岳からはいきなり険しい岩稜の下りなので、足元に注意しながら下る。岩稜がなりをひそめたころ、目の前に広い三国平が出現する。Mikunisawa この三国平で一旦仙塩尾根から外れて、進路を東にとる。三峰岳からの仙塩尾根は時折、塩見へ往来する登山者に出くわすが、外れると、ふたたび静かな山域となる。三峰岳直下のカールを通って、間ノ岳の稜線の下をトラバースする。まさに大井川源流の最奥部、三国沢の山旅だ。

 このトラバース道には高山植物も豊富で、時折、雷鳥が姿をあらわす。私が歩いたある日のこと、親鳥が2羽と、子鳥が5羽ほどいた。可愛いものである。

 三国沢のトラバースを終えると、今度は白峰沢カールのトラバースである。三国沢とは打って変わって大きな石がゴロゴロした涸沢を一旦下って、農鳥岳への稜線へ登り返す。短いがこのあたりで足にくる。

 白峰沢のがらがらの道を登ると、白峰三山の縦走路に合流する。夕立も近いのか、山梨県側にガスが立ち込め、太陽を背にブロッケン現象が発生する。自分の影がガスに映って、陰の頭にきれいな光の輪ができている。まるで如来様か天女様のようである。

 農鳥小屋までは、稜線の分岐から平坦道をすぐである。赤いドラム缶に「農鳥小屋」と書かれた広場を通過して小屋に着く。当時のこの小屋のオヤジさんは、これまた、私以上にヘンクツらしいが、「これぞ、山のオヤジ!」という感じのオヤジさんである。(今どうしているかな?)

 両俣小屋を出て11時間。雷雲も無く安定した日の山行であった。翌日は、農鳥岳の3000mを踏むことにしよう。

 明日に続く。 


尊無上亜甲中玄   玄上

雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

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2012年5月26日 (土)

仙塩尾根|仙丈ケ岳~仙塩尾根~両俣小屋

1997raityo 今日は仙丈ケ岳のお話です。北沢峠で一泊すれば日帰りで往復できる山頂とあって、仙丈ケ岳までは多くの登山者でにぎわいます。南アルプスの3000m峰にあって、比較的易しい仙丈ケ岳だけなら、お手ごろなハイキングですので、この夏出かけてみてはいかがでしょう。

仙丈ケ岳付近のハイマツ帯も雷鳥が多く、時折、この写真のように見ることができます。当時の写真は少なくて、古いプリント写真を引きずり出して、デジカメで撮って掲載していますので、画質はすこぶる悪いですが了承ください。

尊無上亜甲中玄   玄上

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 まず、夏に運行している登山バスに登行を手伝ってもらうことにする。長野県長谷村から北沢峠行きのリムジンバスに乗車、もしくは、山梨県側、芦安の北岳登山口のアルペンプラザから出ている北沢峠行きのリムジンバスに乗りこむ。

 北沢峠は、標高2000mほどあり、ずいぶんと高度差を稼ぐことができる。この峠は、北へ登れば甲斐駒ケ岳、南へ登れば仙塩尾根の始まりの仙丈ケ岳へと足を運ぶことができる登山基地でもある。

 峠を後に、仙丈ケ岳を目指すことにしよう。行程からいくと藪沢新道途中の「馬の背ヒュッテ」という山小屋に泊まりたいところだが、当時は、夏場には大変混雑し、小屋の表示では「一畳に5人!」という混雑ぶり。しかし、実際は一畳に4人ぐらいだったような記憶がある。それでも、狭くて寝付けない。長い縦走の場合、始まり早々、登山の体力に適さないので、できれば避けたものである。

 それにしても、山小屋のスタッフはあれだけの人数の食事を用意したり世話するのだから、大変であろう。元気に、登山者の世話をしている姿は見ていて気持ちがいい。ところで、テントを背負っては仙丈のカールの指定地に幕営する方法もあった。その後、自然保護のためテントは禁止となったが、今では、千丈小屋がある。

 さて、私は、北沢峠から一気に、仙丈ケ岳を越えて両俣小屋をめざした。一日の行程が恐ろしく長い。北沢峠を午前3時にライトをつけて出発。仙丈ケ岳は標高3033m、峠から標高差で約1000m稼がねばならない。登山道はさすがに日本百名山とあってしっかりしているので、ライトを照らして登ればたいした危険はないが、早朝の体にこたえる登りである。

 ルートは二通りあり、小仙丈ケ岳に一気に上って、仙丈ケ岳に行くコースと、途中、馬の背ヒュッテを通って、仙丈ケ岳カールの底から、仙丈ケ岳に上り詰める藪沢コースがある。どちらも大差はなく、4~5時間ほど頑張れば仙丈ケ岳に到着する。北沢峠をはさんで北には甲斐駒ケ岳2967mが大きな姿でそびえる。仙丈ケ岳が3033mだから、足して2で割れば、3000mになる不思議なめぐり合わせの山である。

Kitadakefuji_2  山頂の展望もよく、東には、日本第二の高峰「北岳」と、第一の高峰「富士山」の競演、日本で1、2の高峰が同じ画面に収まるのは、おそらく、この仙丈ケ岳山頂ぐらいであろう。北には甲斐駒ケ岳の左に八ヶ岳連峰が横たわる。ずっとのんびりしたいところだが、日本百名山ともあって、夏とあらば人の多いこと多いこと。しかし、冬に来れば、稜線は氷雪のナイフエッジとなり、高度感スリル満点の仙丈ケ岳である。

 午前8時、いよいよ仙丈ケ岳から南へ、仙塩尾根へと突入する。

 仙丈ケ岳から南へ進むと、もうそこは仙塩尾根である。最初に出くわすピークは大仙丈ケ岳(2975m)。仙丈ケ岳から少し下って登り返せばこのピークに立つことができる。ここは、百名山から離れているために人が少なく、仙丈ケ岳のピークよりも静寂でのんびりできる。静かな大仙丈ケ岳には、時折、雷鳥の姿も見ることができる。後ろを振り返れば、雷鳥もびっくりの登山者であふれる仙丈ケ岳。

 さて、何よりも、大仙丈ケ岳のカールにある高山植物、天然のお花畑は印象的である。しかし、反対側はスッパリ三峰川に切れ落ちる大崩落地。左が天国なら、右が地獄と言うところであろう。

 大仙丈ケ岳からは一気に高度を下げる。急な下りを過ぎると、目の前にピークが出現するが、それは登らずに左にまいて再び下りになると、森林限界に突入して、樹林の中になる。長い樹林歩きの始まりだ。小さな上り下り。まさに、南アルプス独特の森の匂いがする。やがて、ひと登りで伊那荒倉岳(2517m)に到着。樹林の中の静かな山頂だ。人影もなく、まさに、朝の仙丈ケ岳の賑わいが嘘のようである。このあたりから仙人になった気分になることができる。

 伊那荒倉岳から少し下ると、森林が急に明るくなる。稜線上に高望池(こうぼういけ)に出くわす。池とは名ばかりで、窪地の湿地である。しかし、上を見上げれば、南アルプスの深い森がぽっかり天に向かって口を空いたように、光が差し込むところである。

 高望池からまたピークへの登りとなる。さらに、樹林を下って、また登りとなると見晴らしの利くピークにでる。ここからの北岳は小太郎尾根を率いてとても大きい。

 やや下り気味の樹林の稜線を行くと横川岳(2478m)。仙丈ケ岳を出て5時間ぐらい歩いただろうか、すっかりお昼を過ぎている。横川岳から一気に野呂川越まで150mほど下る。Ryomata今夜の宿泊地は野呂川越からさらに、野呂川に向かって300ほど下ったところにある「両俣小屋」。 南アルプスでも、山奥深い山小屋のひとつ。まさに、人里はなれた静寂な限りの沢と森の山小屋である。

 翌日も、野呂川越まで登り返してから、長い道のりになるので、早く休んで疲れを取ることにしよう。お話は明日に続きます。

 尊無上亜甲中玄   玄上

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2012年5月25日 (金)

仙塩尾根|南アルプス仙塩尾根概要

明日は白馬岳連峰の開山祭です。その前に、白馬岳へ行ってこようと思っていたのですが、昨日は岐阜から御玄綬におこしになられた方がいまして、急遽、予定を変更。その方は、約5年前から道場にこられているのですが、ずいぶんと逞しくなったものです。私の木剣も、前の冬に会得した力倍増の新技でお迎えすることができました。

さて、本日も山に入る予定でしたが、午後から大気の状態が不安定になるということですので、これまた、予定変更。やっぱり、南アルプスのお話をいたします。あの頃は、デジカメというのがなくて写真がないので残念ですが、10年ほど前に書きとめた手記を元に、お話いたしますので、ごらんください。

尊無上亜甲中玄   玄上


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 広大なる南アルプスは、南北に約80km、東西に約50kmの大きさがある。その中でも、長大なる尾根は、昨日までにお話した「白峰南嶺」。そして、今回お話する「仙塩尾根」。白峰南嶺に比べると、登山道も整備されていて歩きやすい。

 しかし、ところによっては、あまり人が入らない区間もある。日本百名山ブームで、塩見岳から間ノ岳の間は結構歩きやすいが、あとは、一般の登山にはあまりお勧めできないかもしれない。その名も「馬鹿しかいかない、『馬鹿尾根』とも呼ばれている区間もある。私は、馬鹿だから(笑)、この区間が大好きでたまらない。

 仙塩尾根は、北は仙丈ケ岳(3033m)から高度を下げ、野呂川越で再び高度を上げたのち、三峰岳(みつみねだけ、2999m)まで高度を上げた後、3000メートル級の平原を満喫できる三国平から、熊野平まで高度を下げ、竜の背中のような尾根を伝って、3053mの塩見岳に到達するという、長大な尾根である。

 登山の好きな方なら、この夏の予定に入れておくのも良かろう。お勧めは、三国平から農鳥小屋へ間ノ岳の下をトラバースするルートである。そんなルートを行くのは、よほどの暇人か、物好きかもしれないが、その分、雷鳥に会えるし、まさに、静かな山旅が満喫できるところである。仙塩尾根を述べる中に、このルートもお話することにしよう。

 仙塩尾根へは、塩見岳から北上するもいいし、仙丈ケ岳から南下するのもいい。できれば、仙丈ケ岳から南下したほうが小屋の配置など、労力的にも良いかもしれない。とにかく、南アルプスは小屋が少ない。ちょっと無理をすると、次にたどり着けないので疲労遭難の可能性もあるので、無理をしないように、計画を立てることが肝心である。

 まさに、他の山のように、レジャー化されていない山域・・だから、私は、南アルプスに魅力を感じるのである。

 明日から、北沢峠から仙丈ケ岳のお話です。

尊無上亜甲中玄   玄上
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2012年5月24日 (木)

白峰南嶺|笊ヶ岳~布引山

その昔、寒行山修行に励んだ南アルプスの山々。すべてを歩きつくしたでかい山々。こうしてブログで語っていると、とても懐かしく思います。しかし、時は止まっていない。ある山行中のこと「日本海の見える鹿島だ」という声に背中を押され、私は静岡を去ったのです。そして、今、五竜遠見尾根ごしに、日本海を向いている鹿島槍ヶ岳を望める長野県の白馬村にいる。日々登る山は、安倍奥に比べるとはるかに大きい。十枚山代わりに白馬岳にあがる。十枚~大光山代わりに、白馬岳~杓子岳~白馬鑓を走る。笊が岳の代わりに・・と、スケールはでかくなった。しかし、南アルプスの三千メートルの峰々は広大で、でかかった。

 と、いうわけで、昨日の続き、本日は笊が岳へと進みます。その前に、笊ヶ岳に初めて踏み入れた頃の手記を日本百名山ふうにつづっていますので、ここに掲載します。

Zarukozaru 笊ヶ岳の山頂から東を見れば、小笊の頂にポッカリ乗った富士が印象的である。 西から北を見回すと、そこには南アルプスの三千メートルを超える巨峰群が雪をまとって並んでいる。Zaruhijiritenboその様は東に見える富士が日本一ということで有名だが、中身の濃さは、西に見える巨峰群がはるかにずば抜けているようにさえ思わせる。

 その山塊の大きさや体積は富士をしのいでいることをありありと見出すことができる山頂。これは、富士に登っても、南アルプスの巨峰群に登っても気づかないであろう。表向きにこだわりがちな我々だが、なにか人の道を教えてくれている師匠のような、笊ヶ岳である。 玄上

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 夏にはうっそうとしているであろう青薙山も緑が少ないので案外見とおしがよい。次の日も天候に恵まれ、冬の太平洋側独特の快晴である。前の日に、青薙崩からたどり着いた稜線の分岐まで戻って、北上する。右手に逆光の富士山がみえる。晴天に恵まれて、これからいく尾根は、はっきりとわかる。

 このあたりから雪質が変わっていて、足元が楽になる。前日までの厳しさとうってかわって、冬の2300m~2400mの雪上の散歩である。稲又山(2405m)で、さらに展望は開ける。夏ならこの広い稜線はうっそうとしていてジャングルであろう。

 葉の落ちた木々の間に、行く手の尾根がはっきり望める。この分では、予定より早く布引山(2584m)に到着しそうである。

Nunobikikuzu  足元には崩壊地、布引崩れを左にみるも、穏やかな冬の快晴で、その崩れのダイナミックな姿を十分に堪能できる。布引崩の崩壊地の淵をただひたすらに登る。少し、スリリングだ。

 やがて、尾根は布引崩れから離れ、ひと登りで、布引山の山頂である。木々で覆われたこの山は風除けにもなって絶好のテント場でもある。到着はお昼頃だったので、幾度と来た笊が岳山頂を往復する。

 白峰南嶺の長大なる尾根。まっすぐ北へ行けば伝付峠を過ぎて、高度を上げながら農鳥岳へと連なる。しかし、今回は布引山で成満を向かえ、翌朝、山梨県の雨畑へと下山することに。

 伝付峠から笊が岳へと南下する記事や伝付峠から農鳥岳の記事などもございますが、南アルプス白峰山嶺のお話は、ひとまず本日でおしまい。また、いずれの機会にお話します。

 明日からは、長野のお話に戻ります。

尊無上亜甲中玄    玄上

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2012年5月23日 (水)

白峰南嶺|イタドリ山から青薙山

120523_063626 道場のミヤマキンポウゲが咲きました。いよいよ、初夏の訪れです。高山植物ですので、山で採ってはだめですが、8年ほど前に、白馬の山野草の販売店で株を購入して育てています。白馬に来られたときは、寄っていかれてはどうでしょう。

 さて、南アルプス白峰南嶺のお話、昨日の続きです。

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 翌朝、北風が強いが天候は晴、太平洋側特有の冬の青空になった。北の空はどんよりとしている。日本海側はおそらく大雪であろう。昨日、最後に通過したピークが青笹山であることが再確認できてホッとして、昨日までの疲れが吹っ飛ぶ。

 前日の夕方には雪に埋もれかけていた笹原も、昨夜の雪で、笹も雪の下に埋もれて、見た目は歩きやすそうな雪原となっていた。しかし、降ったばかりの雪の下は笹を押しつぶすほど締まっていなくて、かえって歩きづらい。踏み抜いてしまったり、膝で雪をつぶしながらの前進。気温は氷点下十数度であろうが、汗ばむ。

 しかも、山梨県側が急峻に切れ落ちている。やや大井川よりをトラバースぎみに歩く。天候に恵まれ、地形図と自分の所在がはっきりとわかる。冬の枯れ木からの展望も素晴らしい。イタドリ山と呼ばれるピークを過ぎた後、尾根は二手に分かれる。天候が悪い時は迷いやすいかもしれないが、目的の青薙山へと尾根をたどる。どんどん降下し、小笹平らしいところの高原状のところにつく。とても爽快なところだ。

 さて、ここから登りにかかるのであるが、この先にとんでもない難所が待ち構えていた。

 雪原の小笹平で展望を満喫し、大井川の深い谷を隔てて大無間山や、南アルプス南部を正面に見ながらゆるい登りにかかるが、すぐに冬の枯れ木の樹林の急登りになる。小さなこぶ状の尾根にたどりついてからは幾分か緩やかになるが、小笹平からの標高差500mは雪に足を取られつつ、体力を消耗する。

 やがて、目の前が一気に開ける。ピークにたどり着いたとたん、足元は断崖だ。大井川の谷も、山梨県側の谷もスッパリと切れおちていて、雪の積もったその稜線はまるでナイフのエッジのように鋭い。特に、大井川側は青薙崩れという大崩壊地だ。覗き込めば1000mは落ちているであろう。正面には青薙山の絶壁。ナイフの上を通過し、あれを登らねばならぬと思うと引き返したくなるところだ。

 ピークから少し降りて、ナイフエッジに取り付く。崩壊地の断崖から巻き上げる風がすごい。アイゼンを装着し、慎重に渡る。ゴーっと風がうなる。新雪が積もっているので足元が見えない。どこまで踏んで良いか。さて、とにかく、ナイフの一番とんがりをたどる。新雪を押しのけ圧雪すると、ナイフエッジがなくなって恐怖感を少なくしてくれる。次の問題は、これを渡り終えたところの絶壁の登りだ。

 ピッケルを突き刺して、アイゼンのつま先を突き刺す。岩が出ていようがお構いなし。とにかく強風の中、飛ばされてもいけないので、慎重に足場を確保して登る。距離にして数メートルの登りだが、後ろには先ほど渡った大崩壊地が下にぽっかり口を広げている。

 これを無事に登り終えると、ふと休憩したくなる。足場は良くなったとはいえ、目の前にはまだ急登りの尾根が待ち構えている。尾根をひと登りで、青薙山の尾根に到着する。左へ行けば青薙山を通って大井川の畑薙ダム方面へと下ることができるルートがある。予定はそれを下らずに、さらに北上するので、青薙山の方へいってテントを張ることができる平を探し、幕営する。

 ここでは、「もういいだろう、ずいぶん頑張ったじゃないか・・」と、大井川のほうへ下りたいという心の誘惑と。「大丈夫、まだ余力は十分ある。成し遂げよう。」と、予定通り笊が岳まで進むという意識が交錯する夜であった。

 明日に続きます。

尊無上亜甲中玄    玄上

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2012年5月22日 (火)

白峰南嶺|吹雪の三の沢山~青笹山

Zarukan 昨日の話題は金環日食で盛り上がりましたが、今日から再び、山のお話です。

写真は布引山から派生する尾根の途中、2000m付近の桧横手山近くの、冬季の様子です。山修行にはカメラを持っていかないので、珍しいひとコマです。

 さて、昨日の続き。山修行でなければ、これからお話しするような状況なら、動かないでビバーグすべきですね。

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 笹原の中で一夜を過ごし、翌朝は雪が舞うあいにくの天気である。アルプスの三千メートルの山々が見えないので進んでよい方向がつかめない。テントを撤収し、出発準備は整ったものの、深い笹でどちらに進んで良いかわからなくなる。自分が笹につけて来た赤テープの入り口の印は夜中から降り続いている雪で見失ってしまった。もっと高いところに印をしておけば良かったと後悔するも、とにかく、止まってはいられない。地形図ではこのまま北に向かって登っていけばすぐに三の沢山につくであろう。前日は、笹原の間から見える南アルプスの三千メートル峰を見ながら方角を決めていたが、この日ばかりはコンパスのみが頼りである。

 北へ、尾根よりもやや右をトラバースするように徐々に登り始める。積雪も中途半端で、もう少し積もってくれていれば笹も雪の下であろうが、笹に積もった雪がかえって笹こぎの邪魔となる。どうせ踏み跡もないし、とにかく笹を掻き分けて進む。このあたりは笹の密度も高く、信州鎌も歯が立たない。体重で笹を押しつぶし、そしてかき分ける。体力を要する。

 登っていくうちに、やがてまっすぐ進むと下りになってしまうところにたどり着いた。左あがりであるが、三の沢山も笹に埋もれて確認はできない。しかし、半分はヤマカンだが、地形図では絶対にまっすぐ下ってはいけない感じがした。大井川の谷へと降下してしまって、がけっぷちに出てしまうことになる。しかし、ここはどこへ向いても下りである。

 尾根伝いに出るには、北東の方向へととにかく進むしかない。少ししか進んでいないのに、体力がすごくかかる。しかし、下りは幾分か楽である。尾根はやがて平坦となり、さらに混迷を極める。傾斜が緩んでは尾根も区別できなくなってしまった。コンパスを頼りに歩いてはいるものの、さて、ここはどこなのか?という感じである。

 降りしきる雪、ゴーっと冬の強風が笹原を慣らす。笹のおかげで、少しは防風になっているのは助かるが、体感温度は、おそらく氷点下十数度はあっただろう。

 完ぺきに地形が読めなくなったので、テントを張ってビバーグして晴れた日を待とうかと、頭の中をよぎったとき、ふと、あることに気がついた。そこで賭けをしてみた。このあたりの地形は山梨県側に切れ落ちているので、東に歩けば崖か急な下りにぶつかるのではということで、笹原を東に進路を変えたところ、平坦と思っていたが、やや登りに感じた。尾根をはずしてしまっていてルートをやや大井川よりにとっていたかもしれない。下りは幾分か楽なので、ついつい、楽なほうへといってしまうのかもしれない。まるで人生だ(笑)。

 賭けは的中した。右に急になっている尾根状の地形にとりつくことができたのである。尾根を登ると、右に崖があって視界も開けて急に風当たりが強くなる。ダケカンバの林のピークで、出発してここまでの4時間で、直線距離にして1キロしか進んでいないことに気がついた。ここからは風雪との戦いとなる。


 標高2000mを越える稜線、北風がザザザザーと、笹原を鳴らす。氷雪の向かい風は、時として息をするのも苦しくなるほどだ、やがて雪も激しさを増し、降ってくる粒も大きくなる。上から降るというよりも、下から舞ってくるといった感じである。やがて、崖の淵に出る。ゴーッと視界の利かない崖の下から吹き上げてくる風は不気味でさえある。崖を上を通過してから、2209mの青笹山らしきピークを少し越えれば冬の枯れ木に囲まれた平坦なところがあって、ここにテントを張ることにする。

 その夜も雪がやむことはなく、熟睡はできない。二時間ごとに外に、テントに積もった雪を見張りに出る。一晩休んでしまうと、テントごと雪で押しつぶされても困る。北アルプスほどではないが、あっという間に雪が積もっていく。白峰南嶺の山域にしては珍しい大雪、いや、珍しいというより、私が知らなかっただけであろう。

 明日に続きますぞ。

尊無上亜甲中玄    玄上

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2012年5月21日 (月)

白峰南嶺|小河内山から水無峠山

2012_2 先ほどは、特設記事の速報で金環日食の写真を公開いたしました。皆様のところでは見ることができたでしょうか?白馬では、緯度が高く、金環ならずにカチューシャ日食でした。左の写真をクリックすると大きな写真をご覧いただけますが、撮影の仕方や撮影時刻などの詳細は速報の記事をご覧ください。ところで、次に日本で見ることができる日食は、2030年に北海道で金環日食、2035年に本州で皆既日食です。

 さて、本日より、いよいよ南アルプスの秘境、白峰南嶺へと突入いたします。人と出会うことのない長大な尾根。魅力的なのだが、道なき道の難ルートもありで、私が14年ほど前までよく山修行に訪れたところであります。

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 とある12月。前にお話しました安倍奥の山伏岳から、南アルプス白峰南嶺を北上。12月だから笹が雪の下に埋もれているかというと、南アルプスは北アルプスと違って雪も少なく、12月というのに笹こぎが待っていた。雪のラッセルも体力を要するが、笹こぎも体力が必要となります。

 山伏岳山頂から西にかすかな踏み跡があり、それを入って下る。大変な急坂だが、樹林の木々につかまったり、ところによってはロープが取りつけてある。下りきると林道に出る。静岡県と山梨県の県境の大笹峠で、この先は一般のルートではないのでハイクにはお勧めできません。危険です。

 人工的な塀を山梨県側から登りにかかるとすぐに低い笹原と木々のまばらな林の道となる。道といってもはたしてそれが道であるのか、地形を把握していないと必ず迷いそうなところ。なんとなくの踏み跡だけ、やや笹の丈が低くなっているので、ルートとわかる程度でした。笹原の難ルートです。笹原を笹を掻き分け登りつめると、2076mの小河内山です。笹に覆われており、座って休憩などとノンビリできそうにもない山頂。もちろん(今はどうかわからぬが)「小河内山」という標識もありません。

 小河内山からも先は笹で覆われて道もありません。尾根の地形を外さない様に慎重に笹を掻き分けて下るとさらに笹は深くなり、樹林も深く、どこを歩いているのか不安になります。自分の背丈ほどもある笹、冬だから木々も葉がなくて助かるが、夏だったらもっと見とおしの利かない樹林だろうと思った。人の手がまったくはいらないといっていいほどの、まさに「此れぞ自然」です。

 水無峠山と思われるピークから夕暮れが迫る。笹の上に積もった雪が笹こぎで落ちてくる。冷たい。さらに、笹は深くなる。見通しもまったく利かなくなって、歩いている尾根が正解なのかどうか不安もピークに達する。まるで、未来の見えない人生の修行をしてるようです。やがて、ポカッと開けた場所に出る。今日はここにテントを張るとしよう。

 人もいない。人工物といえば自分が背負って来た荷物だけ。雪がうっすら積もった笹原の中での幕営。まさに、大自然の真っ只中にいる。しかし、明日の朝が怖く感じる。何故なれば、今自分はどこにいるのか、確かな確証がないのです。笹原の中、道も無い。来るんじゃなかったと後悔が頭をよぎるが、これも修行。腰を据えて「尊無上亜甲中玄」唱え、眠りについたのだが、翌日にはとんでもない試練が。

 お話は、明日に続きます。

尊無上亜甲中玄    玄上

雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

金環日食です。(白馬は部分食ですが)

2012

今朝は金環日食です。白馬は晴れでしたが、皆様のところはいかがでしたでしょうか?残念ながら、白馬の緯度が高くて、少しだけ月が南によってしまったので、金環にはならないのですが、カチューシャ日食です。(写真の右が南の方向、投影なので東西が反転しています。)

 3分で特製「太陽観測装置」 (写真右下)を組み立てて・・ダンボールに小さな穴(ピンホール)を開けて、反対側に半紙を張って投影しただけですが・・携帯で写真を撮りましたので、ご覧ください。皆さんは通勤通学途中の時刻だったと思いますが、写真でお楽しみくださいな。

 この方法はとても安全で、簡単ですので、次回の日食のときにおすすめです。

撮影時刻は、左上から右へ、07h00m57sJST 07h15m20sJST 07h25m25sJST 07h34m13sJST

左下のが 07h36m03sJST です。

尊無上亜甲中玄    玄上

2012年5月20日 (日)

白峰南嶺|白峰南嶺概要

 明日は金環日食。太陽が月の向こうに隠れる日であります。でも、月のほうが小さいので、太陽がちょっとだけはみ出て、リングになります。月のほうが大きいときは皆既日食となります。月と太陽の大きさは微妙に変化するからなのです。実際の大きさが変わるのではなく、軌道が真円ではなく、やや楕円なので、月も太陽も地球から見た見掛けの大きさが変化するのです。そのタイミングによって、金環日食と皆既日食になるわけです。

 明日の金環日食については、国立天文台のホームページにてどうぞ。

 さて、今日からは、かつての私の行場のある南アルプス白峰南嶺のお話です。毎日更新していますので、ぜひ、明日からもご覧ください。

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 日本で一番高い山は?誰もがご存知、富士山ですね。それでは二番目に高い山はと問われると、山に興味のある人以外は、なかなか答えられないのではなかろうか。さて、その2番目の山ですが、南アルプスの白峰三山のひとつ、北岳(標高3193m)です。最近では、登山ブームとあって、ハイカーやクライマーの山域である。

 南アルプスの白峰三山の稜線は、北岳、中白峰、間ノ岳(あいのだけ、3180mで日本で4番目に高い)までは、登山者が多い。何故なれば、北岳と間ノ岳は深田久弥の日本百名山に入っているからである。間ノ岳のその南に足を伸ばすと急に山は静かになる。

 間ノ岳は南アルプスの交差点のようなところで、南へは、大井川の谷の左を行くか右を行くかの分岐点でもあり、富士川支流の野呂川の谷を左に行くか右に行くかが別れるところである。

 さて、これを、白峰三山の南の端の農鳥岳(のうとりだけ)へと向かう。白峰三山にあって、農鳥岳は百名山にはいっていないので、北岳、間ノ岳に比べると静かである。百名山もいいが、もっと素敵な山はまさに「山ほど」ある。日本アルプスにあって際立つ3000メートル峰の中で唯一百名山でない。私なら、西農鳥~農鳥岳の3000メートル峰を百名山におく。

 これから述べるのは、この白峰三山ではなく、農鳥岳から昨日お話しました山伏岳まで。農鳥岳から南は、大門沢降下点を過ぎると、登山者がいなくなる。南アルプス白峰三山の南に伸びる、全長およそ40kmにも及ぶ長大な二千メートル級の尾根。これが、白峰南嶺である。平地であれば10時間歩けばいいが、この山域は高低差が激しく、難ルートであるためそう簡単にはいかない。

 農鳥岳の南の広河内岳から、いくつかのピークを過ぎながら、伝付峠まで標高を下げた後、ふたたび笊ヶ岳の2600mまで高度を上げ、青薙山から山伏岳へはさらに難ルートとなる。

 途中の離脱ルートは、広河内岳から伝付峠まではない。伝付峠から南は、笊ヶ岳の北に大井川方面へ、布引山から山梨県の雨畑へ、荒れている難ルートだが所の沢越から大井川へ、青薙山から大井川畑薙湖へ、そこから先は、山伏岳までない。

 積雪期は別として、水の調達も、稜線から沢へと下り登りということになる。「登山道」というような道も少なく、夏にはブッシュが覆い繁る南アルプスの難ルートである。途中に山小屋は当然の如くないので、テントを背負ってということになります。全体を走破するには10日以上はかかるであろう。

 だからこそ、一般登山者は訪れない、登山ガイドブックにも詳細はない。まさに岳人、仙人の聖域なのです。明日からは、この山々に潜む哲学をまじえて、南の端、山伏岳から北上する形でお話しましょう。いよいよ核心部に突入です。明日もご覧くださいな。

尊無上亜甲中玄    玄上

 雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

2012年5月19日 (土)

安倍奥|山伏岳

Yanbusinana  山伏岳(やんぶし)は安倍奥で唯一2000mを越える山である。安倍川の谷から見れば、安倍奥の山ではあるが、大井川対岸の大無間山(だいむげん)や聖岳方面から見れば、立派に南アルプス白峰南嶺の一番南の山となっている。

 私はこの山を南アルプス白峰南嶺の接点として位置付けている。現に、この山から北に向かって南アルプスに入ったこともある。それは、大変体力と地形を読む力が必要になる難ルートであり、人が入らない聖域です。明日から、お話しますとして、本日は、この山伏岳のお話です。

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 山伏岳へは、色々なルートがあります。静岡市の大井川側の井川から林道を伝って、この山の直下まで車ではいることもできます。徒歩20分ほどで山頂に立てる山ではあります。

 また、梅ケ島から、安倍川の一番奥の大谷崩の頭を通過して縦走するコースもあれば、安倍奥西山稜の笹山から縦走もできます。車で近くまでいってしまっては面白くないので、梅ケ島の近くの新田というところから入る事にします。

 ご遠方からの時は梅ケ島温泉で一泊~二泊してノンビリとハイクしたいものです。さて、バスでは、静岡駅から梅ケ島行きで、新田で下車します。新田のバス停がちょうど山伏への入り口になっていて、東へと集落をぬけて歩いていきます。車もじゅうぶん通れるので、車できた場合は、林道の登山口の手前まで入ることができます。

 安倍川支流の大谷川を渡って急カーブを3~4つ過ぎると、左に入る林道が現れます。この林道を、安倍川支流の大島沢を左に見ながらさらに奥へと進みます。左に見る大島沢は、沢というより、大きな川原です。対岸には安倍奥西山稜の稜線へ登るルートもありますが、当時は荒れて危険な状態でした。

 新田から一時間ほどたった頃でしょうか、川原の駐車場が左に見えてきます。車できた時はここに停めます。この駐車場から5分ほどで、川原はつきあたって西日影沢のまさに、「沢」になり、この沢を小さな橋で渡った所の小広い広場から東に登山道の登り口になっています。林道は先へも続いていますが、荒れているので(約15年前当時)立ち入らないほうがいいでしょう。また、車はこの広場まで来ることができますが、森林管理の作業車が方向転換したり、先の林道へ入ったりするので、ここに車を停めてはいけません。登山口の直下で便利ですが、歩きにきたのですから、5分下の駐車場に停めましょう。登山口からすぐに始まる急登りのウォーミングアップにもなります。

 西日影沢は紅葉がすごくきれいな所です。夏はうっそうとしていますが、秋は大変お薦めです。

 登山口からひと登りすると作業用のモノレールがあります(約15年前当時)。しばらくはこのレールと行動を共にします。モノレールが終ると杉や桧の植林の中を通り、それを出るとわさび畑の中をいきます。水がこんこんと湧き出ていて登山道も水浸しです。この先、沢を渡渉したりするので、防水の登山靴のほうがよいでしょう。

 やがて、作業小屋が姿を見せ、大きな岩の下を通過した先で、沢を右に渡ります。ここで、うっかりとまっすぐいくと危険ですので、大岩を過ぎたあたりから、右の対岸に道があるかどうかを注意しておく必要はあります。この沢から先は急な登りが待っているので、一休みしましょう。

 西日影沢を左岸に渡ってから、樹林をトラバースしながら、どんどん高度を上げて行くとやがて西日影沢も遠ざかって沢の音がしない静かな山道になります。途中、枯れ沢を登る所は踏みあとがわかり難いが、とにかく登ると登山道にあたります。急登りで休憩したくなった頃、峠状の尾根に出ます。ここが、蓬峠(よもぎとうげ)。大木を横たえたベンチや大きな石があって休息するにはもってこいの広場です。

 蓬峠から、尾根を右にトラバースしながら登ります。やがて、道は尾根の左に出て再びトラバース。このゆるい登りを3度繰返すと、道は再び急な登りとなって、ブナの老大木のある峠状のところに出ます。ここでも、休息はできます。ノンビリ登るなら、ここでも休憩するも良いでしょう。

Yanbusikoyo  道は先ほどと同じく、左にトラバースして、また右に出ます。ところで、これらのトラバース道、特に、左をトラバースする道は非常に細くなっていて、山肌に落ち込まないように注意が必要です。

 やがて、笹が出てきて、コメツガ、モミなどの森の魅力が出てくると、安倍奥西山稜の縦走路に合流します。この合流時点、左に行けば井川から上がってくる林道にも出る事ができます。

 さて、進路を右にとって山頂を目指します。途中スズタケの広い笹原を抜けますが、右に富士山が安倍川の谷の向こうの安倍奥の主稜線に乗っかった格好で大きく見える所です。その笹原をひと登りで山伏岳山頂(2014m)に到着です。

 北に目をやれば、南アルプスの三千メートル峰の山々、その手前に、南アルプスの白峰南嶺の山々が連なる。布引崩れがまさに、布を引いたように大井川側へと崩れている。

 西には、大井川の深い谷を隔てて、南アルプス深南部の深い山々、大無間(むげん)山などが大きい。さらに、北に目をやると、茶臼岳、上河内岳、聖・・と、徐々に三千メートルに高度を上げていく南アルプス。聖岳、赤石、荒川岳三山の三千メートル峰がビッグだ。山岳ファンならたまらない展望台であろう。

 帰りは元きた道を下ります。さて、明日からは、南アルプス白峰南嶺のお話が始まりますぞ。

 いよいよ、何度も困難を乗り越えた山々、山行の聖域に突入です。ぜひ、明日からもご覧くださいませ。

尊無上亜甲中玄     玄上

 雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

2012年5月18日 (金)

安倍奥|十枚山

Jyumaizan十枚山~大光山の山域は、今から15年ほど前まで、私が静岡にいた頃に、何十回と足を踏み入れた山です。 あのころより、スケールが大きくなりましたが、今では、北アルプス白馬岳連峰が、それになっているように思います。

写真は十枚山山頂から下十枚山を写したものです。この頃は写真を撮っていなくて、ブログに載せられるのも少ないですが、ご勘弁を。

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 安部奥の山は山梨県と静岡県の県境をトレースするように伸びる山脈です。その中間ほどに「十枚山」という山があります。別名「天津山」、標高こそ、1726mと2000mにも満たないが、スズタケに覆われた山頂は見晴らしも良く、眼下には安倍川や富士川にそって流れる雲を見下ろすこともできる。まさに、高山の雰囲気さえする山頂である。

 十枚山への登山は、山梨県側からは南部町から十枚峠へ登って十枚山へ登るコースと、静岡県側からは六郎木から関の沢からはいるコースがある。当時、私は静岡にいたので、六郎木からのコースをよく歩きました。比較的整備された一般登山道ですし、迷うところも少ないのでおすすめです。ただし、一部、ロープ伝いに登らねばならないところもありますが、丁寧にロープを張ってくれていますから、慎重に登れば問題はありません。

 六郎木バス停から登りましょう。まず、バス停から県道を梅ケ島よりの橋で安倍川を渡ります。すぐに、県道は川に沿うように左に折れますから、細くなった道を直進します。民家の立ち並ぶ中を少しいくと森になりますが、その先で関の沢を右に渡ります。さて、ここから中ノ段という集落まで細い車道の登りです。集落に到着すると、つづら折れの道になって、少しカーブも緩むと、いよいよ車で入れる終点になります。

 車では、中ノ段のはずれの道幅が広くなったところに停めます。道幅が狭いので、集落の方や山に入る作業車の邪魔にならぬように停めましょう。 車道が未舗装の林道に変わってすぐに、左に登山口があることが、標識などですぐにわかります。いつの日か、その登山口に「クマ出没注意」と標識が増えたのですが、なるほど、いた日もありました。

 さて、ここからが山道です。最初が緩やかな森の中の道をいくのですが、急になったところを越えると右にしいたけの栽培をみて静かな尾根の道をひと登りで、十枚山直登ルートと十枚峠への分岐につきます。さて、どちらを登ろうかな?直登ルートのほうには「健脚者」の方がいいというように標識に書かれてはいるがたいしたことはない。こちらのほうがうんと早く山頂につくことができる。でも、せっかくなので、のんびり十枚峠を経由して登りましょう。

 分岐からしばらくは山肌を右が沢へと傾斜しているトラバース道になります。やがて沢を通過しますが、 さて、1つ目の沢を過ぎると、つづら折れの急登りを少し繰返した後、道は峠のようなところになって、再び山肌のトラバースの後、2つ目の沢を渡ります。その先の岩を登るところにはロープが固定されていて助かります。この沢ですが、真冬に来ると、まるで時が止まったように、氷の滝状になっていて大変きれいです。ちょっとした秘境です。

Jyuumaisawa3 二つめの沢を渡ってしばらくいくと三つ目の沢 を渡る。しばらく行くと道は平坦に近くなって笹原に出る。その笹原をひと登りで十枚峠だ。

 まさしく峠になっていて、反対側に下りると山梨県の南部町に降り立つことができる。南へ行けば下十枚山。峠からはそびえたっている様子を見ることができる。十枚山へは北(来た道を左折)に進路をとる。下十枚山からのこの道は安倍奥の山々を結ぶ縦走路となっていて、うまく足を運べば静岡の市街のはずれから山々を越えて南アルプスの取り付けまで縦走できる。ただし、山は山、それなりの装備も要する。

Jyuumaisita  さて、十枚峠から十枚山へは見晴らしの良い高原の雰囲気を味わいながら登ることになります。途中、山梨県側にスッパリ切れ落ちている崖の上を通りますが、ロープで柵をしてくれているので難なく通過できます。いや、なんの、通過しないで、その崖から北側を望むと、遠くに八ヶ岳や南アルプスの鳳凰三山や北岳方面を見ることができ、正面には富士山が大きいというひと展望を楽しむことができます。

 崖の上を通過すると、十枚山への急登り。笹原の急登りをひと登りで十枚山山頂(1726m)です。ここで、南アルプスや安倍奥の山々、遠く伊豆半島、駿河湾の展望を満喫し、来た道を下山するもよし、直登りルートを下りるもよし。計画しだいでは、十枚峠から南部町に下ったり、さらに北へ、縦走路を大光山(おおぴっかりざん)方面へ行くもよし。いろい
ろなルートを取ることができます。

 縦走のお話は今度の機会にして、今日のところは日帰り装備しかないという想定ですので直登ルートを下ります。山頂から西に、安倍川めがけていきなりの急降下から始まります。かなり急な下りもあるので雨上がりなどで濡れている日は滑って落ちないように慎重に下りましょう。

 笹原から森林に入ると、斜度もやや緩んでつづら折れの坂道をエッホエッホと走って下ることもできます。途中の枯れ沢は対岸に道があるので、沢に誘い込まれないように注意が必要です。

 つづら折れが終ると、小尾根を少しいきますが、まっすぐに尾根の方向へ行かないようにしましょう。左に下りる道があり、その向こうに尾根をさえぎるように枝を横たえていますので間違うことはないかもしれません。

 小尾根をトラバースするようにどんどん下ると、道は植林の広い尾根に出ます。ここも昔は迷いやすいところでしたが、いまではおそらく踏み跡もしっかりしていることですから、踏み跡を外さずに下るとはっきりした登山道に戻ります。それを3~4回つづら折れすれば、前にお話しました十枚峠の道と合流します。あとは、来た道です。

 登りよりも下りのほうが迷いやすいし、滑落の危険もありますから、山頂にたった後も、家にたどりつくまでが登山と考えてください。登山のゴールは山頂ではありません。無事に家にたどりつくということです。

 さて、明日は、安倍奥を代表するもう一つの山、安倍奥と南アルプスの接点の山でもある山伏岳(やんぶし、2014m)のお話です。

 雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

尊無上亜甲中玄   玄上

2012年5月17日 (木)

安倍奥|安倍奥の山々の概要

昨日の続き。安倍奥の山々の概要をお話します。120516_074155その前に、道場にチューリップが咲きましたので写真を掲載します。ご覧ください。ユリ(写真左側)も順調に育っています。今のシリーズが終わりましたら、また白馬のお話に戻りますが、白峰南嶺を語るには日数がかかりそうです。

安倍奥の山々は、師匠亡き後の6年の間に、仏谷山~十枚山~大光山(おおぴっかりざん・・面白い名前です)~安倍峠~大谷崩~山伏岳と、そのすべての峰を走破している懐かしいところです。

でも、あの静岡での日々より、今の長野・北安曇野の日々のほうが、ずっと明るくパワフルな行者です。と、いうわけですので、早く白馬の話に戻りたいなと思うこの頃ですが、歩んだ道のりですので、このお話、まだまだ長そうです。おつきあいよろしく!

尊無上亜甲中玄   玄上

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 静岡市中央部を流れる安部川。川の本体さらに地下深くを流れる覆水は日本でも有数の清水です。その源流部、安部奥の山々は最高でもやっと二千メートルを超えるという低山と高山の間に位置するように思えます。その安部奥の山々は富士川の西に位置し、その延長を北にたどれば、日蓮宗の七面山があります。山梨県の西を縁取る様に、静岡県との県境を南北縦に走っている山脈です。

 さて、私がこの安部川源流の山々に足を踏み入れるようになったのは、師匠亡き後、ひとりで修行をするために、まず初めにはいった山々です。安部奥の深い渓谷と、鋭く切り立った山々、見上げれば急峻ではあるが、いざ足を踏み入れてみると、大変優しい山、自然の営みに触れることができました。

 西には、南アルプス深南部の深い森林で覆われた山々、少し北に目をやると、茶臼岳、上河内岳、と並び、聖岳、赤石岳、荒川岳三山と三千メートルの山々、さらに北には塩見岳、その向こうに北岳と、南アルプスの北部までが一望できる。天気のよい日には遠く八ヶ岳や浅間山までもが望むことができる。また、東には、天子山塊の向こうに富士が大きい。雲海の日には、雲に浮かぶ富士を堪能することもできる。まさに、南のアルプスの展望台ともいえます。

 そうですね、毎週ほどこの山にはいっていましたかな。いいえ、どうかすると毎日でしたね。最後にはいって、もう10年あまり前になりますから、ここで、お話するのは参考として、もしも、実際にいかれる場合は最新の地形図を用いてください。

 安部奥の山でとりわけ目立つのが、十枚山(1726m)と山伏岳(2014m)です。目立つといっても、比較的登山道も安定していて、登り易いというだけで、安部奥の山々のひとつの峰にしか過ぎず、地形を知っていないと、どれか検討もつかない山です。日本アルプスには「連峰」となる山々が多く、ちなみに、富士山(単独峰)のようにはっきりと「山」とわからないものです。どの峰がどの山であるかを見極めるのも山旅の面白さでもありましょう。

 安部奥へ安部川を遡ったとき、両側に山が迫ってくれば安部奥です。また、安部奥の山に取り付くのは、静岡県側だけでなく、山梨県側からもできますが、ここでは、静岡市側から入るルートをお話しましょう。

 ただ、最近、この山々には熊が出没して、単独では危険ですから、複数の人と楽しくハイキングが望ましいです。私も何度か出くわしていますが、「尊無上亜甲中玄」のでかい尊題唱にびっくりして逃げていっています。

 明日のお話は、十枚山です。

尊無上亜甲中玄  玄上

雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

2012年5月16日 (水)

亜甲中玄|山行のお話

合掌
 今日から、ちょっと古い山行のお話をいたします。ちょうど今から18年ほど前によく足を運んだ山々のお話です。長く続きますので、お付き合いのほどよろしく。
 お話の中では、私が日本アルプスでもっとも魅力的と感じている「白峰南嶺」も登場します。
尊無上亜甲中玄  玄上
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 私がひとりで山の中で修行をするようになったのは、大師匠を無くしてからです。それまでは、静岡市の水見色というところに師匠の「お山」があり、その山中にて修行をしていました。でも、そこは里から離れること、歩いて十五分ほど。今思うととても楽だったですね。
 力のある方が亡くなられた時、よくあることですが、待ってましたとばかりに、師匠の教示なんぞ関係なしに動き出す外弟子たち。私は彼らの心うごめくのが嫌で、また、霊感がどうのとか、私の知る師匠の教示から外れる方向になってきたので、せっかく師匠が開山された水見色のお山なのですが、キッパリと辞めました(笑)。
 ま、それは遠く過ぎ去った昔のことですので、どうでもいいとして、私はひとりで修行をするようになったある日の事、いつもは山頂を目指すと言う事はしなかったのですが、とてもすがすがしい朝だったので、山頂へ登ってみたのです。
 南アルプス南に、安倍川の源流部の山の山頂で、そうですね、ちょうど去ったお山のある山が見えるのです。山頂に鉄塔があるのですぐにわかりました。はるか眼下に見下ろすあの山の向こうの麓(ふもと)にお山があると思うと、「何とも小さなところでうごめいているのだ」と、お山を去った事への後悔どころか、欲望でそこに残る者たちの心の
小ささを思い知らされたように感じたのです。

 標高2000m近いその山頂で、後ろには南アルプスの三千メートルの峰々が雪を蓄えて真っ白にたたずむ。その広大さに、私は「このアルプスこそ、このアルプス自体が私の道場であり、まさしく、その名の通り『お山』である。」と痛感したのです。
 それからの山中の修行というもの、必ずや一度は山頂を訪れるようになりました。もうひとつ、山頂を訪れる理由は、そこに、大師匠のおもかげを思いおこすのです。できるだけ天高いところで、師匠と出会う、そして、神々との語らい。それ故に、色々な道、いや、道なき道もあります。大自然の中に生息する動物になって、それらの「気」を感ずる。自動車も入らない。コンクリートの気配も無い。人造の物は何一つ無い。素晴らしい大自然であるのです。

 と、いうわけで、今から10年ほど前に、メルマガで山修行のお話をしようと思い原稿にしていたお話を、明日からブログにてお話します。
 ガイドブックには無い山の楽しみ方。秘密にしておきたかった事も、さらりと流しながらお話します。ついに、秘密のルートがベールを脱ぐ時も近いのか・・いいえ、迷ったりして危ないので、ちょっとだけ選びながらお話します。
 なにしろ記録は、今から十数年前のことですので、ルートは変わっているかもしれないということをご理解ください。
 雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。
尊無上亜甲中玄  玄上

2012年5月15日 (火)

亜甲中玄|次元の超越

合掌

 霊がどうのとか、大宇宙がどうのとか。悩み事を聞いているのに、なんだか、おかしな返事をする霊能者の方がいますね。以前、あるところで仕事のことを相談したのに「仕事に就けないのは墓参りが足りない・・」とか言われて悩まれた方が私のところに相談しに来られたことがあります。墓場はハローワーク(職業安定所)ではない(笑)。

 霊感が強いとか、次元が高いとか、裏を返せば、逆だったりもする。悩んでおられる方にとっては、そんなことはどうでもいいのです。

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 「一次元とは悪いことだ」とか「次元の低いのはダメ」だとか、その考え方に存在する「よい、悪い」も一次元の概念です。「自分は次元が高い」と思っていると、それは一次元的な考え方であり、けして高い次元ではありません。「一次元」とは私たちが実生活をするにおいてなくてはならない次元なのです。いわば、「基本の次元」と申しましょう。

 数学では、一次元はx軸しかない、いわゆる「数直線」です。ゼロからプラスの方向に出発していくと必ず10を通過します。ここに、y軸があったとすると、yについて0が固定されているときは同じように必ず(10,0)の座標を通過しなければなりません。ここに、yに自由度を持たせると(10,0)を通らずに(10,1)などの座標から迂回ができます。ここに、面としての二次元的な考えが発生するのです。同様に三次元、四次元として概念を見出すことができます。

 私たちは苦楽不問の境地になって初めてこの多次元的な観念が生まれてくるのですが、難問があっても解決をすると「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の如く、淡々と生活を送ってしまい、また次の難問に進んでしまいます。常に苦楽不問であり続けることは大変困難なことで、ときには無意味です。ただ、常にその観念を見出せる状態に自分を置くことは可能で意義のあることでしょう。ここでいう「苦楽不問」とは陰陽融合、さらに超越した観念なのです。

 さ、難しいことはさておき、大切なのは実践ですぞ。人様を導くにしてもそう、山修行だけではなく人生の修行も大切なのです。私もやってきましたが、例えば、子育てを説くには、自らが家庭を持って子育てをし、子供が学校へ通えばPTAの役もこなしたり、受験に付き合ったり。社会を説くには、自らが社会人となって、会社にも勤め、仕事上での人とのつながりも経験したり、さまざまな苦労が力となるのです。だから、霊がどうとか、大宇宙がどうとか、そういうのが偉いわけではない。

 大変な時世ですが、元気出して、人生の修行頑張るのですぞ。

尊無上亜甲中玄    玄上

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2012年5月14日 (月)

亜甲中玄|因果、陰陽の次元は一次元

合掌

 ちょっと難しいお話が続きますぞ。自分が次元が高いと思っているときは低くて、しょうもないバカをやっているときのほうが次元が高かったりもする。「陰陽」という言葉を聞いたことがあると思いますが、けして、それが凄いことではないのです。さて、次元のお話です。

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G7  ここで言う「次元」とは、数学で言うところの「x、y、z、t」で表されるではありません。あくまでも、哲学の視点から見た次元のことですので、これを念頭に入れてこれより先を読んでください。

  物事の結果には必ず原因が付きまといます。これは、時間の軸に対して、一次元的概念です。また、上下、左右、大小などの空間に対する一次元的概念、時空複合型の磁場のSN、電磁場の+-など、物理陰陽型の一次元的概念。さらに、喜びと悲しみ、楽と苦、好きと嫌い、寛容と怒りなど、感情陰陽型の一次元的概念。生と死、若と老などの人生型一次元的概念など、私たちの身のまわりには必ずといっていいほど、因果や陰陽の次元にいるのです。

 まず、因果の関係ですが、「こうなった原因はなにか?」とか「少年が犯罪にいたった原因とは○○だ」などのように一般的に安易に因果を決めてしまいがちです。その原因に至るまでも原因があり、さらにその前にも原因となる要素があるのです。逆に「こんな結果になろうとは・・・」などのように、これもまた安易に因果を決めてしまっているのです。その結果は将来的に何かの原因となるのです。先のは過去に対する事象、これは未来に対する事象、いずれも「今」という時限においては目で見ることも、耳に聞くこともできない事象なので、どこかでくぎりを着けてしまうのです。もし、「今の結果」が将来的に何かの原因になることを思うと、悲観な結果でも将来は明るいほうに運命をもっていけるような予感がするはずです。そこに、二次元的な観念が生まれるのです。

尊無上亜甲中玄    玄上

御霊断鑑定で決定の御神符

亜甲中玄|出会いの哲学「必然」

哲学と申しますと、なんだか、それらしいような、わかっているようでわかっていないような、難しい感じはしますが、そんなに頭で硬くとらえることはないのです。ま、「こんな話もあるんだ」というぐらいで聞いてくださいな(笑)。

今日からは3回に分けて、ちょっと概要だけお話します。

1.出会いの哲学「必然」

G5  私たちが学問で勉強していること(またはしてきたこと)は、「偶然」の事象は何一つ無く、すべてが「必然」なのです。その学問で解決がつかない事象を一般に「偶然」といいます。

 算数では1+1が2になることも必然なれば、遺伝子組み替え技術も一昔前は「偶然」の部分も科学の進歩によって「必然」になってきました。高いところにあるものは、必ず落ちる。これも「必然」なのです。

今、あなたがこのページを見ていること、これは「偶然」ではありません。さかのぼって考えると、「これは何だろう。・・・」と、思ってページを開く、その前はパソコンをオンラインにする。その前は、朝起きる・・・・と、何かでつながっているのです。出会いを「偶然」でなく「必然」で捉えると、これこそ大切にしなければならない心理が働くのですが、今日の大半の人が「出会いは偶然」と考えるでしょう。その出会いからこれからのドラマが生まれ、次時の可能性を生み出すので、それは大変貴重な事象なのです。

 太陽、自然、空気など私たちが大宇宙からこうむっている恩恵、さらに隣人からの恩恵。これらは当然視しがちです。ラッキーなことがあると偶然視して流してしまいがちですが、ここにこれらのことを「必然」と考えると自ずと感謝の念が湧き起こり、心が豊かになることでしょう。

尊無上亜甲中玄  玄上

誰にも言えない相談事は行者にどうぞ。

2012年5月13日 (日)

亜甲中玄|亜甲中玄のお話

「この雄大なるアルプスこそが私のお山なのです。」ということで、いつのまにか山岳ブログのようになってきましたので、夏山のシーズンが訪れるまで、しばし、法話を続けることにいたします。

 当サイトが開設しました12年前にホームページに載せましたお話の中の「亜甲中玄の神秘」です。

Photo13 人類の始まる前より、さらに地球が誕生、さらには、現宇宙が始まる前より「亜甲中玄」は存在したもう。この理力は全宇宙の運行を統轄、その叡智は全宇宙の摂理を把握している。無機でもないし有機でもない。それらを超越されたる存在である。科学的観点から見て、限りなくつきとめると限りなくその「無機」から脱するに近づくであろう。また、宗教的観点から見れば、限りなくその「有機」から脱するに近づくであろう。そして、「亜甲中玄」の存在が見えてくる。しかし、これは論議にあたわず。唯々、漠然と感じるだけである。
 大自然の動植物がそうであるように、われわれ人類もかつては、その理力、叡智の中で躍起し力強く生きていた。しかし、今はもろいものである。お金がなくなると死に、物がなくなると創造できず、悩みの縁に立ち病に陥る。これ、理力でなく、単なる知力に頼り。叡智でなく、単なる英知に頼っている代償でもある。
 この混沌たる世に今、この「亜甲中玄」の理力、叡智により、躍起満ち実践智力あふれる人生にと、切に願う。  

尊無上亜甲中玄    玄上

2012年5月11日 (金)

5月の白馬大雪渓。もうすぐ白馬岳開山祭

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この夏は、各地で節電ということで、暑い夏になりそうです。大雪渓は涼しいですぞ。と、いうわけで、毎年、5月下旬には白馬大雪渓で白馬連峰開山祭「5月26日(土)」が開かれます。雪渓のトレッキングツアーなど、白馬村の公式ページに載っていますのでここでは詳しくは申しませんが、この山岳イベントにご参加してみてはいかがでしょう。

開催日:

平成24年5月26日(土)
会場: 白馬村猿倉駐車場(白馬岳登山口)
スケジュール:

8:40頃~ オープニング「アルプホルン演奏」

8:55頃~ 安全祈願祭・トレッキング出発式
9:40頃  記念トレッキング出発(貞逸祭神事終了後)

※開山祭および各ツアーに参加された皆様には、限定ピンバッチをプレゼント

さて、いつも白馬大雪渓のお話ばかりで申し訳ないのですが、5月の大雪渓のお話をします。



白馬尻から白馬大雪渓(5月中旬)

 5月26日は白馬の山開きです。白馬村猿倉山荘前にて開山祭があり、地元の登山案内人の方々と大雪渓までトレッキングが行われます。



猿倉から大雪渓へ


猿倉の駐車場から白馬岳を見上げる

 猿倉には駐車場がありますが、登山客の人数の割に狭いので、これからの夏山シーズンは白馬駅などからバスやタクシーを利用したほうが賢明です。せっかく猿倉まで車で登っても、停めるところがなくて町まで下りなおさなければならないときもあります。


雪解け水の渓流は透き通ったエメラルドグリーンです。

 猿倉から林道を歩き、鑓温泉方面への入り口を左に見て、なお進むと、この時期はすぐに林道に雪が出現します。雪解けで林道がぬかるんでたりして、大きな水溜りのところもあります。

 右手には雪渓からの渓谷があり、細い滝や、透き通った雪融け水の渓流がとても美しいころです。新緑の木間から白馬岳や杓子岳を見上げて進む春のトレッキングは、とてもすがすがしい道のりです。


林道から、白馬三山。左に小さく尖っているのが白馬鑓ガ岳、その右が杓子岳、そして右端が白馬岳です。


雪で覆われた林道と小日向山。

 林道が全面雪で覆われると林道の終点も近くなります。雪の下には雪融けの水が流れていて、空洞になっているところがあり、油断すると踏み抜いてしまいます。足元には注意が必要ですが、足場は、林道の上ですので平気です。



林道終点。先の林に入っていきます。

 これまで広々としていた雪の道も、突然、雪で行き止まりかなと、先がなくなったら、そこが、林道の終点です。一面が林の中の雪なので、道がありません。ここからが迷いやすいところですが、開山祭と同時に、雪の上に踏みあとがつくので、行き先もわかりやすくなります。

 それまでは、右手の渓流から離れすぎず、落ちすぎず、地形を頼りに進みます。途中、いくつか沢を横切るとこがあり、薄くなっているところは用心しなければなりません。


空が開けてくるともうすぐ大雪渓。

 途中、右に落ちる雪の斜面をトラバースするところがあるので、滑落に注意します。特に、見上げる山々が美しいので気をとられないように、足元に集中します。やがて、空が開けてくると、白馬尻小屋があるはずの、大雪渓到着です。

 でも、小屋は秋に解体され、雪の下にあります。冬季の雪の重みや雪渓の流れで壊れないようにするための処置です。これから、ヘリコプターで除雪機をおろして掘り起こすそうです。


雪の下から顔を出す「白馬尻小屋」

 雪渓を登る場合の装備として、アイゼンとピッケルもしくはストックが必要です。雪渓を見に行くだけなら不要ですが、ストックや杖になるものがあるといいです。これからの時期の旅行に、白馬の温泉と大雪渓のプランはいかがですかな。

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2012年5月 9日 (水)

しゃくなげが咲きました。

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道場の庭には、引っ越してきてから石楠花(しゃくなげ)があったのですが、今まで、花が咲いたことはありません。

いろいろな木が植えてあって、高くなっていて、うっそうとして、まるで森のようになりかけていました。一昨年と昨年に、素人ながらに剪定をして、しゃくなげに太陽が当たるようになり、上からの落ち葉もかからなくなると、この春、ついに咲きました。

ところで、この庭には、なにひとつ同じ木が植えておらず、整理ができていない状態でした。森になってしまうと、その林床に咲く花は、森のアクにやられない植物(例えばスミレなど)でないと、花をつけません。

120507_172320_3 こんなにたくさんの花をつけました。でも、庭いじりは、私の趣味ではありません。困ったものです(笑)。

2012年5月 6日 (日)

【ご注意】春~ゴールデンウィーク~初夏の北アルプス登山について

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 GWのこの時期、九州、四国、関西、東海、関東方面の方が「白馬岳」に関するキーワードで検索されているようですので、それらの皆様を対象にお話いたします。

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春から初夏にかけてと、秋には、突如と天候が悪化すると、この写真のようになります。吹雪の日の白馬岳直下です。

 以前にもお話しましたが、GWのこの時期、軽装備で入山して遭難するという悲しい事故が後を立ちません。昨日は白馬岳の北側で6人の方が遭難救助のかいなく、大切な命を落としてしまいました。私にとっても、年に何度も訪れる山ですので、とても悲しく思います。

 原因は、軽装備はもちろんのこと、雪のない夏道でも8時間かかるコースなのに、雪の上を70歳前後の方には体力的に計画無理があったと思います。

 南はポカポカの春であっても、北アルプスは突如として冬に変わります。春山装備ではなく、冬山装備が必要になってきます。アイゼンを携行するのはもちろんのことであります。

 北アルプスだけでなく、南アルプスでもそうです。「GWの北アルプスは、冬よりも難しくなる」と地元の遭難対策協の方も申されるほどです。また、低山ハイクとて油断はできないので、万が一の天候の悪化に備えた装備が必要です。

 装備だけではなく、「キリマンジャロに登っているからベテランだから大丈夫。」とか、「年に一回は北アルプスに登っているから大丈夫だ。」とか、「大丈夫、自分の体力はよくわかっています。」とかいう自負も危険な要素のひとつです。以上のように言っては、遭難対策協の方の助言や制止をふりきって、山に入っていく人ほど「大丈夫」ではないものです。

G3  日本アルプスでは、6月の終わりに吹雪に見舞われることもあります。写真は数年前のちょうどその季節の頃の南アルプス塩見岳(3052m)から天狗岩へ向かうところのものでありますが、風雪がものすごいです。岩が凍り始め、塩見岳西側の岩場がとても危険な状況になっていました。気温は氷点下。こんなときに夏用の雨具では、低体温症になってしまい動けなくなってしまいます。

さらに、ルート選定など登山計画ですが、厳冬期は論外として、登山シーズンの始まる春から初夏の時期や秋以降は、装備はもちろん、一年を通して2~3度しか夏山のアルプスに踏み入れない方は、精通したガイド役の方と登山されることをおすすめします。特に地元のガイドさんがおすすめです。

 その装備ですが、参考として聞いてくださいな。

 初雪が降り始めた一昨年の秋のこと、白馬村営小屋付近で「寒い寒い」といって、岩陰で休憩されていた40代の数人のパーティーがいたのですが、私が、その前を半そでで通過しようとしたところ、「兄ちゃん元気やなあ。そんな軽装備で大丈夫?」と申されるわけですが、どうも、関西のほうからこられたらしい。その方たちより、私のほうが歳をとっているんだが困ったものです。

 見た所、冬山にも対応できそうな装備を着用している。南国から来ると、寒さに順応していないんだと思いましたが、あれだけ着用していて「寒い」というので、「汗かいてない?」と聞くと、「中はびしょびしょです。」と言うのです。すでに、低体温症になりかけている。

 なんだか、装備の使い方が違う。どうやら雪渓から着てきたらしい。アンダーが新素材で汗を放出するのを着ていたらしいが、それであっても、限度というのがありますので過信は禁物です。もちろん綿は山では使い物になりませんが。

 ところで、そのとき、私はけして軽装備ではなく、背中には彼らと同様の防寒着が入っているわけですが、吹雪でもないし、登りで暑いので着る必要もない。着てしまったら汗をかいてしまいます。

 夏の晴れた日中はともかく、それ以外では、濡れるということは、体温が奪われて低体温の危険があるのです。山の鉄則として、いかに雨や汗に濡れずにいるかもポイントとなります。彼らの場合、もうすぐ小屋だったので良かったのですが、その先、長く続く場合は、大変でしたね。 「小屋に着いたらすぐに着替えるんだよ。」と、いうことで、この時期は、こういう点でも難しいのです。

 こうも遭難が続くと、白馬岳ってとんでもないところと思われてしまいますが、きちんと守るべき事を守れば、崖登りもないし、とっても良いところです。さ、このシーズンも楽しい登山ができますように。私にとって、山での楽しみは、景色だけではない。登山されている方々の良いお顔を拝見するのも楽しみです。

 またどこかでお会いしましょう。

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2012年4月30日 (月)

桜が咲きました

桜が咲きました
白馬も桜が咲き始めました。写真は信濃森上駅前の大きな老桜です。

2012年4月28日 (土)

「飯盛山」~JR小海線「野辺山駅」。八ヶ岳山麓、野辺山を歩く。


広大な野辺山原の野菜畑と八ヶ岳


昨日は、JR小海線の清里駅から飯盛山まで紹介しましたが、今日は、その続き、飯盛山から野辺山駅までを紹介します。さらに、高原列車JR小海線で清里駅まで戻ります。「飯盛山→野辺山原→野辺山駅から高原列車」です。

1、飯盛山からの展望

 お話の前に、飯盛山からの展望を楽しんでください。

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 飯盛山は、八ヶ岳方面にありながら、実は奥秩父山塊の西の端にある山です。標高1653mで八ヶ岳はもちろん、南アルプス、富士山、奥秩父の山々、遠くに乗鞍方面を望むこともできます。いわば、八ヶ岳を望む展望台と言って良いでしょう。では、飯盛山山頂からの展望写真を紹介しましょう。


八ヶ岳連峰

 八ヶ岳連峰は赤岳(2899m)を主峰とし、南北に長い火山の山々の連なりです。飯盛山からは、東面を見ることができます。写真では、中央が赤岳です。右に雪をかぶった横岳、さらに硫黄岳と続き、裾野を佐久平の方面へと伸ばしています。赤岳から左には、権現岳、編笠山と続き、裾野を小淵沢方面へと伸ばしています。


南アルプス

 飯盛山から見る南アルプスは、写真左から、鳳凰三山(薬師岳、観音岳、地蔵岳)から早川尾根、そして、甲斐駒ケ岳へと連なっています。写真中央右の白い山が甲斐駒ケ岳(2967m)です。

 早川尾根と地蔵岳越しに、白い山頂が突き出ていますが、それが、日本で第二の高峰「北岳」(3193m)です。少し前までは、3192mでしたが、最近の測量で、1m高くなりました、南アルプス自体は、いまだに隆起を続けています。でも、背が伸びたのは、そのせいだけでなく測量技術の発達で、精度が高まったからではないかとも言われています。


富士山

 午後から霞がかかってきて、ちょっと見づらい写真になりましたが、中央にうっすらとあるのがお分かりいただけますでしょうか?富士山は日本一の高峰であるというのは誰もが知っていることですが、その分、何か俗っぽく感じます。先ほど紹介しました北岳のほうが、私には魅力があります。
南アルプスの深い山の中にあり、人知れずたたずんでいる姿には、「私は二番」であるというような順番では決めがたい神秘を感じるところです。


奥秩父の山々

 飯盛山山頂からは、八ヶ岳、富士山は目立つのですが、南アルプスは以外や、「あれ、何の山?」といわれるハイカーがいます。さらに、奥秩父方面となると、山のツウですね。

 写真では中央に金峰山(きんぷざん)。手前には、飯盛山から尾根でつながっている横尾山。奥秩父の西の端から縦走できます。でも、奥秩父は広く、東は奥多摩方面までありますので、うかつに縦走と意気込んで入っては大変です。部分に分けて楽しむと良い山塊です。



2、飯盛山から野辺山原へ


飯盛山を後に奥秩父の縦走路。

 飯盛山山頂で景色を満喫したら、野辺山駅へと向かいます。南牧村で標識も整備されていますので、そのとおりに行けば問題はありません。標識どおりなら獅子岩方面へと下るのが普通ですが、私は野辺山スキー場を下るというちょっと違うコースを歩いてみました。

 飯盛山から獅子岩方面への牧場柵を抜けますが、それを抜けて直進すれば獅子岩方面です。抜けたところをすぐに右に行くと、奥秩父の縦走路に出ます。野辺山スキー場へは銃走路方面へ行きますが、銃走路と別れ、やや左へと進路をとると、下っていく道が階段状になっているので、それを下ります。


野辺山スキー場リフトの山頂駅です。(今ではリフトの設備は撤去されています)

 下ったところは、リフトの山頂駅になります。今では野辺山スキー場は閉鎖になっていて、ブッシュが茂っているのでこの写真の限りではありません。当時は、ときおり、ハイカーが訪れてはいるようですが、ほとんどの人は標識に従って進みますので、静かに歩けるコースでした。




電波天文台が見える。

 ゲレンデの下りもそうですが、縦走路を下っていると樹間から国立天文台の電波望遠鏡が見えます。直径45mの巨大パラボラの電波望遠鏡です。その周りに、大小の電波望遠鏡があり、最も小さい電波望遠鏡は直径80cmしかありませんが、数が多く、いっぱい並んでいます。これは「ヘリオグラフ」といい、電波干渉で威力を発揮します。45mの大きなのより魅力的です。


野辺山スキー場の駐車場の桜

 さて、ゲレンデを下りきって、スキー場のセンターハウスから駐車場を過ぎ、舗装道路に出ます。ここからが、野辺山駅まで長いのです。スキー場から、舗装道路を下っていくと、ゲートがあり、普段はしまっています。そこは、交差点になっていて、獅子岩からの道と合流します。


獅子岩からの合流点

 交差点には立派な標識があります。ここから、JR最高地点をめぐってから野辺山駅に向かうのも良いし、直接、まっすぐに向かうのもいい。今回は、後ほど列車で最高地点を通過するので、まっすぐに野辺山原を行くことにします。


3、野辺山原から野辺山駅、高原列車


っすぐに野辺山駅へと向かう道です。


畑も広いし空も広い。

 野辺山原は左に八ヶ岳を見ながら、また、右には、電波望遠鏡や、農場研究施設などを見て、進みます。野菜畑も広く、空もとても広いところです。道はまっすぐに続いていて迷うところはありません。

 やがて、踏切を越え、右手にJRで標高が最も高いところ(標高1346m)にある野辺山駅に到着です。


踏切を過ぎるとすぐに野辺山駅です。


JR最高駅、野辺山。

 GW,多くの観光客でにぎわう野辺山駅。ここが、今回のトレッキングの終点です。
野辺山駅からは、自動車を停めてある清里駅にもどります。では、高原列車の写真をご覧ください。



JR小海線の新鋭車両、野辺山駅停車中のハイブリッドカーです。


ハイブリッドカーと従来車。


野辺山」です。


先ほど歩いてわたった踏切です。


JR最高地点。標高1375mを通過。

 野辺山駅からは、JRで一番高いところにある最高地点(標高1375m)を通過します。最高地点までは、野辺山原の広大な畑の中を走ります。右の車窓からは八ヶ岳や裾野に広がる台地が圧巻です。左の車窓からは、今歩いてきた電波天文台や飯盛山の稜線を眺めることができます。

 最高地点に差し掛かると、車内放送が流れ、鉄道ファンの方々が線路脇で写真を撮っている姿があります。

 最高地点を過ぎると、列車は明るいカラマツの林の中を走ります。初夏には新緑、秋には黄金色に色づいたカラマツが美しいところです。


ラマツ林の中を走る高原列車

 

 昨日からお話しました行程は約10キロと、長いように思えますが、景色を楽しんだり、おやつタイム、など、のんびり時間をかければ問題はありません。危険箇所もなく、初心者の方におすすめです。

 自動車の駐車は清里駅前にありますが、長期駐車ができないので、その駐車場からさらに奥の有料駐車場のほうが安心です。以前は、信濃館という宿の駐車場でしたが、今でもお宅があり、おばさんに一日の駐車代500円を持っていってお願いすると停めてくれます。

 公共交通機関での場合、首都圏からは日帰りが可能です。新宿~小淵沢~清里。新宿発が午前7時~8時までの「あずさ」または「スーパーあずさ」で小淵沢で小海線に乗り換えると10時21分に清里駅に到着しますので、ハイキングをしたあと、野辺山駅から直接小淵沢経由で岐路に着きます。新宿に午後9時に着く予定であれば、野辺山駅午後6時過ぎの列車で間に合いますから、10キロの行程をのんびり8~9時間かけてハイキングや観光を楽しむことができます。

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 さあ、山小屋も営業の準備が進むこの頃、いよいよ山歩きのシーズンです。ハイキング、トレッキング、ワンダーフォーゲル、スタイルによって様々な呼び名もございましょうが、歩くことには変わりない。ものは試しに歩いてみましょう、出かけましょう

。重い腰を上げて歩いてみれば、思わぬ爽快感が残りますぞ。

尊無上亜甲中玄    玄上

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野辺山〜清里間の記念乗車券。

2012年4月27日 (金)

JR小海線「清里駅」~「飯盛山」。八ヶ岳展望の旅。


飯盛山へと続く稜線は八ヶ岳を眺める展望台そのものである。

 GWは、信州の里山ハイキングにうってつけの時期です。残雪の山々を眺めながらのウォーキングは開放感たっぷりの大自然の中で、心身の春の訪れを予感させます。本日より紹介のコースは、ローカル線の一駅分をハイキングしながら楽しむコースです。




JR小海線「清里駅」から平沢集落の登山口へ



JR小海線、清里駅

 JR小海線、清里(きよさと)駅は夏には観光客でにぎわう高原の駅のひとつです。この駅を拠点に、八ヶ岳登山、牧場散策、観光博物館や美術館の散策と、多くの人が訪れます。以前は駅周辺もファンシーショップやお土産店が建ち並んでいましたが、今は駅前の整備中のようです。では、この清里駅を出て、ハイキングに向かいましょう。

 清里駅から国道方面へと少し下ると郵便局への道が右にありますので、その反対を左へと左折します。途中に焼きたてのパン屋さんがあり、朝からにぎわっています。


国道に出たところをわたります。

 やがて、国道に出るので、反対側へと渡ります。道は登山口のある平沢集落へと続いています。

 国道を渡ると、左からの道も合流していますが、どんどん下っていきます。千が滝がある橋まで下って、そこから登りとなります。観光に来られた方が、時々自動車で通過しますのが「この先へ行ってもなにもないのになあ」と思いながらポクポクあるく車道です。


千が滝の橋です。

 途中左手に牧場が広がり、さらに進むと平沢集落に到着します。登山口には標識があるので迷うことはありません。ここまで、駅から約1.5キロです。


平沢の牧場


飯盛山登山口

 飯盛山登山口の近くには「ロッジ飯盛山」があって、遠くからこられた方の宿泊に便利です。その他、清里や野辺山にも宿初施設は多数あります。



2、登山口から尾根へ


 登山口の標識から登り道になります。この先で、舗装された道は終わり、車道と別れを告げます。自動車で来られた観光客の方がUターンしていくところでもあります。時には「飯盛山に行く道はどこですか?」と聞かれたことがあります。残念ながら、自動車で登ることはできません。さ、一緒に歩きましょう。


この先で車道と別れを告げます。ハイカーと共に。

 車道が終わると、両脇に笹が生い茂る登山道になり、牧場の柵を通過します。飯盛山周辺は、山自体が牧場になっていて、いたる所に柵があります。でも、想像しているような開放感のある牧場ではなく、林に包まれています。


笹が茂る林の登山道

 牧場の棚を過ぎると、いよいよ尾根への林の中のハイキングです。素敵な森歩き、尾根までは短いが森を満喫できるところです。登山道わきには、スミレなどの花が咲いていたり、カラマツの新緑や、秋には紅葉の美しい森であります。


広葉樹とカラマツの森を行く


林床には高山のスミレなどが咲いていて、飽きる事はありません。

 林の中は緩やかな登りで、初めて山を歩かれる方にも最適です。登るにつれて木々の高さが低くなり、徐々に、頭上が開けてくると尾根が近くなります。

 左手頭上に、飯盛山から西に派生する尾根を見上げると、すぐに尾根に到着します。


木々の高さが低くなると空が開けてくる。


尾根に到着直前。左手には飯盛山から派生する尾根を見上げることができる。

 到着した尾根は峠状になっていて、広いスペースがあります。飯盛山まであと1キロ。でも、登りなので、平地での1キロとはわけが違いますから、ここで一休憩しておきましょう。このあたりから先は、最近整備され、以前のような、自然の登山道の面影はありません。



峠状の広場には案内板が設置されている。


峠状の広場から飯盛山へとつながる道。

 道はすっかり整備され、案内板も設置されていたり、この2~3年でずいぶん変わりました。以前は自然の登山道でしたが、今では、整備された公園のようで、なにか、雰囲気に欠ける側面があります。

 でも、多くの人が訪れるようになって、登山道が崩れ始めていたので、こいう処置も必要ですね。



3、飯盛山へ尾根を歩く


 整備された尾根の登山道を歩きます。ここからが、樹木もなく、広々とした空の下のハイキングです。峠状の広場を出発すると、すぐに左手に八ヶ岳を望むことができます。また、後ろを振り返れば、南アルプスが壮大です。


尾根から八ヶ岳を展望する


南アルプスの遠望

 実は、この尾根道、以前は、ズルズル滑っていた急な坂の部分もありました。でも、整備されて歩きやすくなっていますので、山歩きがはじめての方も安心です。今まで、熊の注意もしてきましたが、この山はまずその心配はありません。牧場とはいえ、牛に出くわすこともありません。


右に飯盛山を見ての尾根の道

 右正面には飯盛山が現れ、登山者でにぎわう様子も尾根から見ることができます。ふたたび、牧場の棚を過ぎると、飯盛山直下の広場に到着です。ここからは、5分ほどで、飯盛山に到着です。


牧場の棚を通過する。


飯盛山直下の広場から飯盛山を見上げる。

 飯盛山からは、360度の展望が広がります。八ヶ岳はもちろん、南アルプス、富士山、奥秩父西部の山々、遠くに御岳方面など眺めていて飽きない山頂のひとつです。でも、山頂自体は狭く、登山者が多いときはのんびりはできません。


飯盛山山頂。

 このコースの注意点といえば・・クマの出没・・の心配がないということでしょうか。

 尾根に出ると風はあるときがあり、里は暖かくても体感温度が下がりますのでウインドブレーカーの持参をお勧めします。靴は、普通の運動靴でもOK。革靴でも登ることができますが汚れます(笑)。ハイヒールやサンダルは足を痛めます。

 山頂直下の広場でお弁当もいいものです。時折の休憩のためにおやつを持参しましょう。

 今回紹介のコースは、さらに、野辺山駅まで歩きます。そこから、小海線の高原列車に乗って清里に戻るという観光コースでもあります。ちなみに、野辺山駅はJRで日本で一番標高の高い駅です。

 GW、野辺山高原で楽しんでみてはいかがでしょう。

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 八ヶ岳を眺めるために用意されたような山がJR小海線沿いにあります。まさに「飯盛山(めしもりやま)」は八ヶ岳の展望台。あちこちに牧場が広がり、野辺山原の壮大な野菜畑を眺めながらのハイキングは爽快そのものです。

 いつのまにか歩くということから疎遠になった人々の暮らしでありますが、一度踏み入れてみると「こういう世界があったのか」と、心に響くことでしょう。だから登山ブームが起こったように思います。それは、日本百名山の放送がきっかけかもしれないし、また、友人に誘われてのことかもしれない。また、学校の遠足のハイキングかもしれない。理由は様々であろうが、大自然を歩くという人類本来の営み。ここに、現代社会にあって忘れかけている基本を思い起こすのに「山歩き」おすすめですぞ。

尊無上亜甲中玄     玄上

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明日からGW.心のリフレッシュに山歩きなどはいかがですかな。春の山歩き里歩きということで、今日からかつて撮った写真を交えて紹介します。

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明日は、JR小海線。高原列車の旅も登場です。

2012年4月25日 (水)

ハクモクレンが咲き始めました。春の訪れです。

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道場の庭で、毎年いつも最初に咲く花が、このハクモクレンです。今年は少し遅かったのですが、咲き始めました。春の訪れです。

そして、冬が・・・

120425_164952こんなに小さくなりました。

冬の間に、積み上げた雪の山もどんどん融けて、おそらく明日でなくなります。 

2012年4月17日 (火)

【辻説法】喜ぶということ

以前、山から無事に帰ることへの喜びについてお話したことがあるのですが、最近、何かにおいて、物事への喜びが薄れてしまっている心が蔓延しているように思います。そこで、喜ぶことができる心の持ち方についてお話しましょう。

この4月は、異動や転勤などで、何かと不安や重圧が多いときです。せっかく馴染んできた職場が変わるわけですので、嫌なことかもしれませんね。でも、その逆の方もいることでしょう。

前の職場で、嫌な思いをしてこられた方にとっては、とても嬉しいはずです。しかし、それでも、新しい職場で嫌な思いになるのではないかという不安や重圧に襲われることになったりもする。

いずれにしましても、新しいことへの「わくわく」がない。だから、最初から、そう、物事が始まる前から萎縮してしまっていて、新しいことへの喜びの心が湧かない。それでは、うまく始まりませぬぞ。

忙しくなりそうで、頭の中がパニックになってしまわれる方もいることでしょう。なんの、それを意気と感ずるか、恐れに感ずるかで、えらい違いが出てくる。

いいですかな。苦難を楽しめばそれはもはや苦難ではなくなる。新しいことができることへの喜びへと変化するのです。仕事があることへの喜び。

不平不満を思うから、不平不満になる。そういうことは思うまい。さ、この春をきっかけに、心の中を一新してみてはいかがですかな。

2012年4月12日 (木)

【辻説法】人のせいにする。何かのせいにする。

 今年は残雪が多く、こちらの桜は、まだ蕾も出ていない状態。でも、GWにはきっと美しい桜と雪山の景色を見せてくれることでしょう。

当ブログでは、やがてその光景を写真で紹介したいと思いますが、如何せん、まだ残雪ですので、それまでしばらくは、久しぶりに「行者、もの申す」で、お話を聞いていただきます。

今日は、「人のせいにする。何かのせいにする。」という題ですが、受験シーズンも終わり、多くの学生さんたちが新しい始まりの4月であります。

その受験ですが、小耳に挟んだことに、「過去問題にない問題が出た」とか、「習っていない問題が出たとか」で、なんとも、その昔では考えられないクレームが出たそうな。習っていないのではなく、それは、習った範囲の応用にしかすぎない問題で、なんとも、与えられた物事しかできない己の不甲斐なさを、入試問題のせいにするという、典型的なこの頃の弱い心の例です。

このような時代、学校の先生や医療関係の皆様は大変かと思います。いつも、何かにピリピリしながら仕事をせねばならない。それらの皆様に、この行者がエールをお送りします。

と、いうわけで、「人のせいにする。何かのせいにする。」徳なき弱い心に「喝!」。人は黙ってはいるが、恥ずかしいですぞ。思い当たる方がいましたら、ここらで、そろそろ自分をしっかりもって積徳へと進みましょう。

何かのせいにしてばかりの小さな人生より、自分が主役の大きな人生にしましょう。応援しておりますぞ。

2012年4月 4日 (水)

今年の春は、いつまでも雪が降ります。

120404_091828昨日から今朝にかけて、各地では強風が吹いて大荒れのようでしたが、皆様のところはいかがでしょう。こちらでは、昨夜から吹雪となり、またもや冬に逆戻りです。今年の春は、いつまでも雪が降ります。それに、いつもなら土が出ているはずのところも、写真でご覧のとおり、除雪の山のままです。いつまでも冷える今年の春。

晴れると暖かいのですが、寒暖の差で体調を崩さぬように、旨いものをたくさん食べて、適度な運動をして、体調管理に努めましょう。

春から初夏にかけての運命転化スペシャルの受付が始まりました。古い御神符と入れ替えに、新しい力をお手元に。どうぞ、御参賀ください。

2012年3月29日 (木)

春の北アルプスです

春の北アルプスです
春、冬、冬、冬のち春、春のち冬、冬、春・・・この一週間の移り変わりようです。冬と春とが、激しく入り交ざっている今年の春。一日のうちでも、夜は氷点下3~5度まで下がり、晴れた日中は7~8度まで上昇します。

今年は春の雪が多く、気温が低いので、雪解けが遅く、田畑もまだ雪で覆われていて、そろそろ田畑の準備をしなければならない農家の方々も大変です。

昨日の大雪と一転して、今日は快晴、穏やかな春になりました。

2012年3月26日 (月)

春の吹雪の朝です。

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今朝は吹雪の朝でした。まるで真冬の朝のようです。道まで除雪をして、自動車を掘りおこさないと出られないので、朝から一仕事ですね。

と、いうわけで、これが3月下旬なのかと思わせる今朝の状態です。でも、吹雪が止んで、太陽がさしてくると、さすがに春、氷がみるみる融けていきます。

エンジンをかけて車の氷を融かすには時間はかかりますが、太陽が出ると、あっという間に融けます。やっぱり自然の力はすごいです。太陽の温もりにはかなわない。

さ、太陽のごとく心に陽光がさしこみますように、いつも応援しておりますぞ。そう、今年の心は「陽心」です。

2012年3月25日 (日)

冬に戻りました。

冬に戻りました。
今日は1日中雪でした。季節が逆戻りして、除雪作業です。
気温の変化が激しい今年の春、体調管理は万全に。

«風雪の春のお彼岸です。