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2012年5月24日 (木)

白峰南嶺|笊ヶ岳~布引山

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その昔、寒行山修行に励んだ南アルプスの山々。すべてを歩きつくしたでかい山々。こうしてブログで語っていると、とても懐かしく思います。しかし、時は止まっていない。ある山行中のこと「日本海の見える鹿島だ」という声に背中を押され、私は静岡を去ったのです。そして、今、五竜遠見尾根ごしに、日本海を向いている鹿島槍ヶ岳を望める長野県の白馬村にいる。日々登る山は、安倍奥に比べるとはるかに大きい。十枚山代わりに白馬岳にあがる。十枚~大光山代わりに、白馬岳~杓子岳~白馬鑓を走る。笊が岳の代わりに・・と、スケールはでかくなった。しかし、南アルプスの三千メートルの峰々は広大で、でかかった。

 と、いうわけで、昨日の続き、本日は笊が岳へと進みます。その前に、笊ヶ岳に初めて踏み入れた頃の手記を日本百名山ふうにつづっていますので、ここに掲載します。

Zarukozaru 笊ヶ岳の山頂から東を見れば、小笊の頂にポッカリ乗った富士が印象的である。 西から北を見回すと、そこには南アルプスの三千メートルを超える巨峰群が雪をまとって並んでいる。Zaruhijiritenboその様は東に見える富士が日本一ということで有名だが、中身の濃さは、西に見える巨峰群がはるかにずば抜けているようにさえ思わせる。

 その山塊の大きさや体積は富士をしのいでいることをありありと見出すことができる山頂。これは、富士に登っても、南アルプスの巨峰群に登っても気づかないであろう。表向きにこだわりがちな我々だが、なにか人の道を教えてくれている師匠のような、笊ヶ岳である。 玄上

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 夏にはうっそうとしているであろう青薙山も緑が少ないので案外見とおしがよい。次の日も天候に恵まれ、冬の太平洋側独特の快晴である。前の日に、青薙崩からたどり着いた稜線の分岐まで戻って、北上する。右手に逆光の富士山がみえる。晴天に恵まれて、これからいく尾根は、はっきりとわかる。

 このあたりから雪質が変わっていて、足元が楽になる。前日までの厳しさとうってかわって、冬の2300m~2400mの雪上の散歩である。稲又山(2405m)で、さらに展望は開ける。夏ならこの広い稜線はうっそうとしていてジャングルであろう。

 葉の落ちた木々の間に、行く手の尾根がはっきり望める。この分では、予定より早く布引山(2584m)に到着しそうである。

Nunobikikuzu  足元には崩壊地、布引崩れを左にみるも、穏やかな冬の快晴で、その崩れのダイナミックな姿を十分に堪能できる。布引崩の崩壊地の淵をただひたすらに登る。少し、スリリングだ。

 やがて、尾根は布引崩れから離れ、ひと登りで、布引山の山頂である。木々で覆われたこの山は風除けにもなって絶好のテント場でもある。到着はお昼頃だったので、幾度と来た笊が岳山頂を往復する。

 白峰南嶺の長大なる尾根。まっすぐ北へ行けば伝付峠を過ぎて、高度を上げながら農鳥岳へと連なる。しかし、今回は布引山で成満を向かえ、翌朝、山梨県の雨畑へと下山することに。

 伝付峠から笊が岳へと南下する記事や伝付峠から農鳥岳の記事などもございますが、南アルプス白峰山嶺のお話は、ひとまず本日でおしまい。また、いずれの機会にお話します。

 明日からは、長野のお話に戻ります。

尊無上亜甲中玄    玄上

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雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

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