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2012年10月28日 (日)

【辻説法】アルプスから帰る事の喜び2012

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今年は、このブログにいっぱいアルプスの山々を紹介してきました。でも、山修行で通る一部にしか過ぎません。できるだけ良いお天気の日の登行写真を掲載してきましたが、夏や秋には大勢の登山者でにぎわうアルプスの山々も、いまや冬を向かえ、にぎわった山頂でさえも、人っ子一人いない天空の行場になります。雪の上には、私の足跡だけが残され、次に行けば、新しい雪で消されています。

さて、今日は、皆様の夏や秋シーズンの終わりと共にお話する毎年恒例になりそうな、「アルプスから帰る事の喜び」です。

もし、私が剣岳を日帰りできるというプライドがあったとしても、そんなものは次に登ろうとする山ではクソの役にも立ちません。結局、登るのは脚なのです。その後に登る時の剣岳にしてもそう。いつも登っている白馬岳にしてもそう。次に登る時も脚なのです。然れども、そもそも山頂に立つのが目的ではないのです。

 「初心に帰れ」という言葉がありますが、それがどういうことであるかは、ずっと山にいるとよくわかります。かつての十枚山は笊ヶ岳や塩見岳方面に入るのに鍛えてくれました。そして、南アルプスは北アルプスに入るのに鍛えてくれて、白馬岳は剣岳やその周辺の山々に入るのに鍛えてくれています。

 そう、山は征服したり制覇するものではありません。山への敬意と感謝の心。それは、どんなに小さな山でも同じなのです。行場として、この大きな時空を与えられ、時として、癌が治りますようにと祈願を頼まれれば足を運び、時として、強い力がつきますようにと頼まれれば足を運び、毎年の如く、新しい年が隆盛安泰でありますようにと足を運ぶのです。そして、根本は私自身がこの大自然の力を受けるべく足を運ぶのです。

 多くの登山者が山頂に立てばいいのと、山修行の違いはこういうところにあるわけです。ただ山を駆け巡るだけではなく、山でやる事があるわけです。だから、一日の決められた時間の中で、快足にもなる。そして、「これで大丈夫。」と、何かを会得するまで山々に守られ、山々と共に過ごします。

いつも鍛えていただきありがとう。無事に登らせていただいてありがとう。そして、無事に帰していただきありがとう。「この山中で得た秘法九字をあの人の元に送るのだ。」と・・・

無事に帰る事のできる喜びは、山頂に立ったそのことより大きい。

尊無上亜甲中玄   玄上



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雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

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