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2014年10月26日 (日)

アルプスから帰ることの喜び 2014

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北アルプスの霊峰、剣岳(2999m)に出向くときは、いつも馬場島から早月尾根を登る事にしている。標高760mから三千メートルに突き上げる尾根は、累積標高差約2300mの大変さを嫌ってか、登山者もまばらで、筋金入りの登山者が多い。

多くの観光登山者は室堂から別山尾根ルートで入る。そちらは喧騒とした観光地である。しかれども別山尾根ルートも険路なので遭難者があとを絶たない。
(※修行や仕事やアスリート以外の一般登山者を観光登山者と位置づけている)

初めて馬場島を訪れた時。剣岳へと続く早月尾根を見上げるとその高さにゾッとした。登る前はいつも気が引き締まるところだ。そして、日没の頃、馬場島に戻った時の心境は、剣岳へ登った事への満足感は皆無で、無事に下ってきた事への安堵感に満たされ、無事に戻ってこさせてもらった事への感謝の念が湧く。

二十余年前にこの世を去った師匠がよく言っていた。「修行中に倒れたら人様に迷惑をかける。その体を山から出してもらわなければならなくなるのではないか。」。生涯修行と向き合ってきた師匠のお心であろう。

秋の紅葉が深まる馬場島で、私はふと、師匠の言葉の意味をかみ締める。そして、山々に感謝する。いつも無事に降ろしてくれてありがとう。

この夏、白馬岳の山頂で「若い頃から、ここは5回目ですよ。」と嬉しそうに話をしてくれる中高年登山者に出会った。無積雪期の山で出会う人々のその笑顔が好きである。しかし、4回は無事に降ろしていただいた証であろうといつも思う。だから、5回目のその笑顔がある。

その反面、無積雪期の観光登山者の中には、運動靴や地下足袋で登っている私が登山靴を履いていないのを見て、鬼の首でも取ったかのように指摘する人もいる。良いペースで登っているのに、「あの、ちょっと、そんな靴で登っちゃ危険でしょ。」と、足を止めさせられる。

つい先日の10月19日にも、小蓮華山で関西から来た中年男性の観光登山者に言われたが、さすがに、早月尾根ではそのような人はいない。山小屋がシーズンを終えて登山者のいなくなった山は寂しいが、反面、このような人が出ないので静かに山行ができる。

ちょっとかじっているだけですべてを網羅したかのように錯覚をしてしまう人の多い事。情報の断片で物事を判断してしまう人の多い事。それらの人たちには、師匠の申す言葉はわからぬであろう。否、先述のような観光登山者のみではない、世間一般の人心においてもそうではなかろうか。

アルプスから帰ることの喜び。それは、わかる人だけで良いではないか。感謝は人に言われてするものでもないし、最近は、特にそう思うようになってきた。

それが、「選んでいるつもりが、選ばれている」という言葉につながる。そう、救済だけでは人心を荒廃させる。感応同交。亜甲中玄経の唱える「救応」が大切な時代ではなかろうか。

尊無上亜甲中玄     玄上

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雄大な日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

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