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2019年9月16日 (月)

こよみ|敬老の日

今日は敬老の日。お年寄りを敬う日であります。

息子夫婦に言わせると孫がいるから私も対象だとか・・いや、いくらなんでも早すぎる(笑)。孫が二十歳を過ぎてからにしてほしいものですな。

さて、敬老とはいくつ以上なのかを考えた時に、65歳以上とか定年を過ぎてとか、いろいろとございますが、仕事の区切りがすべてではございません。若いころにやり残したことを余生の間にするのもよし、大志を抱いてもいいではないか。「大志を抱け」とは青年だけのものではありません。

「今から何かをする目的は」というのは、若いから目的があり、老いているからもう目的がない、そのようなくくりでは語れないものです。そもそも、物事を成し遂げるというのは、一生かかっても無理な人もいれば、5年で得る人もいます。そこで、一生かかっても成し遂げることができない青年と、5年で成し遂げる爺さんがいるかもしれないと考えれば、目的というくくりで行動するというのは意味を持たないのです。

たとえば、今から私が天文物理学の研究をするにしても、これからの青年に比べれば3割にも満たない時間であろう。そんなことして何になるんだと、笑われるかもしれない。青年はこれから70年、私は20年できたとして、そんなことをして何になるんだという事は、時間が長いか短いだけであって、なんら変わらないのです。そのような事を言っていると、青年の頃から何にもできないではないか。

山行も同じで、体育会系のワンゲル部などで鍛えている大学生は別として、大学生には負けません(笑)。若い人たちはスピードそのものは早いのですが、やがてバテてしまって、そこらで休憩している。そして休憩している間に抜かしてしまうという事になるのです。これぞ、長年身に付いたペース配分と山勘です。

だから何になるんだと笑われるかもしれない。しかし、何かにならなくてもいいではないか。足跡を残すことができなくてもいいではないか。生きて志を持ち続けるという事が大切ですぞ。結果云々を追いかけるより、黙々と進んでいる姿のほうが私は好きである。なぜなら、結果や目的なんぞこの世には存在しない。そのすべてが未来のすべてへの通過点にしか過ぎないからなのです。

還暦を過ぎたからとか、定年を過ぎたとか、そのようなくくりに惑わされることなく、生涯を過ごしたいものです。さ、爺さん婆さんの皆様、応援していますぞい!

尊無上亜甲中玄    玄上

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雄大な大宇宙、それにつながる日本アルプスそのものが、まさしく至心玄道、私の「お山」なのです。

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