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2018年1月19日 (金)

辻説法|後悔と幸福

合掌

 皆さん、幸せですか?

 そう問われると、両手放しに「幸せです」と答えることができる人は少ないと思います。たいていが何らかの不満をもって過ごしておられることと思います。

 その中に、後悔というのがございます。「あの時、ああやっておけばよかった」とか、「もっと練習しておけばよかった」とか、それは人さまざまでありますが、後悔における共通点は、後悔する事象に対して満足する結果になっていないからですね。

 それは、私が提唱する一言、


後悔は今が幸せに感じないから。その逆も然り。


であるからなのです。「幸せに感じろ」と、他人から言われて幸せになるものでもないし、天の神様が「ほら幸せだろ」と、押し付けてくるものでもない。

 そもそも、幸福とは秤で測れないものであります。他人が幸せな事でも自分にすれば不幸かもしれないし、その逆も然りで、幸福の尺度には相対性があるのです。常に動いている。

 これからずっと生涯にわたり幸せである方法なんぞあったらお目にかかりたいものですが、それがないから人間味ある人生となるわけです。

 誰しもが、後悔することを胸の奥に持っているだろう。それは心の奥に持っていても構わない。ただ、執着しなければ良いのです。浮き沈みに左右されない次元の違う強き心の力となりますよう応援していますぞ。

今年の心は「應心」、春の隆達應心祈願受付中です。

尊無上亜甲中玄    玄上

 

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2018年1月 9日 (火)

辻説法|成功する人間になろうとしないこと。

合掌

 久しぶりに辻説法です。

 巷では、今日は宵戎、明日は十日戎。商売繁栄の神様にお祈りする日ですね。そこで、お金にまつわるお話を少しばかり。

 お金の因縁とは、恐ろしいもので、人の心を蝕む事があります。それ故に、稼ごうと思うと心が小さくなってしまい損をする傾向にあり、儲けることができません。

 「儲」と言う字は、「信じる者」という言葉で構成されていますように、信じる人様のお金で商売が成り立っているわけです。この前の成人式では「はれのひ」という晴れ着の経営者が人々を裏切りましたが、経営破綻に至ったのは、「儲」という字が崩れてしまったからなのです。

 お金と言うのは手にすると気が大きくなるわけですが、人間までは大きくしてはくれません。気が大きくなりっぱなしで「ちっこい人間」であると、必ずや失敗します。そして、人に迷惑をかけたり、「はれのひ」のように詐欺のような形になってしまいます。

 暮らしが大変になると、どうかして稼ごうとします。しかし、儲けようと思えば思うほど、その願いはかないません。頭で考えれば考えるほど、全体が見えなくなってしまうのです。多くの人は作為に溺れて勘違いしてしまうのです。

 成功した人は儲けようとしたのではなく、何かの拍子に思いついたことと、謙虚な姿が徳を生み出し、成功へと導かれた結果なのです。その両方がそろわなくては成功はありません。「何かの拍子」を作為的に作り出そうとしている間は、自己への謙虚さが崩れて視野が狭くなり、徳無き人となる。そこで、アイシュタイン博士の名言集からの一言。


成功する人間になろうとせず、むしろ価値ある人間になろうとしなさい。


 「価値ある人間」というくだりは、私がいつも述べていますところの「徳」にあります。目先の事象に埋もれて「ちっこい人間」になっていてはダメなのです。作為的に考えている間は気づかぬうちに小さな人間になってしまっているのです。

 小手先の知識に埋もれるより、徳からにじみ出る叡智で自然と成功へと導かれるのです。そして、成功とは何ぞや。未来永劫不自由なく生活できる稼ぎではない。いかなる時でも、生み出す力を授かる事のできる徳のある人間でいる事なのです。

 さ、「ちっこい人間」を卒業しようではないか。


 新しい年が爽快なる力で守られますよう、平成30年の隆盛安泰祈願を受け付けていますので、どうぞ御参賀ください。

尊無上亜甲中玄   玄上 

 

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2017年11月 1日 (水)

アルプスから帰ることの喜び 2017

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この道はアルプスへと続く道。里では、このように自動車で走ることができるが、登山口からの交通手段は、自分の足しかない。そして、再び、この道へと帰ってきたことができる安堵感。幾度と通った道である。

山頂に立つことを「制覇する」とか「征服する」とか、そんな表現を用いるが、その言葉は大自然の前では、何の意味も持たない。大自然を制覇するなんてとんでもないし、人間の計画通りに大自然は動いてはくれない。

山頂に立つだけで制覇したと思ったり、できなくて悔しいと思う事は、大自然に対しておこがましい人類の心ではなかろうか。

そのようなおこがましい心を捨てて、謙虚に大自然と向き合い融合してこそ神々と語らいが始まる。山修行は登山ではない。

だから、私はいつも思う。無事に山から戻れることの喜びを。この一年もまた、帰してくれてありがとう。

尊無上亜甲中玄     玄上

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2017年9月25日 (月)

暑さ寒さも彼岸まで。秋のアルプスです。

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標高2800m白馬岳連山は草紅葉。黒部の谷に落ちる山肌の上部はなだらかで草原状です。しかし、この傾斜も黒部川に落ちるにつれて傾斜を増し、渓谷の絶壁となります。山々は優しくもあり厳しくもある。

さて、秋分の日、秋のお彼岸の中日も終わり明日がお彼岸の明けであります。「暑さ寒さも彼岸まで」とは、よく申したもので、半袖から長袖に遷り変るこの頃と思います。そして、アルプスの高いところは、いつ雪が来てもおかしくない季節になっています。

天高き事一万尺の大地で神通清浄祈をとなえ、皆様の平穏を祈念申し上げております。


尊無上亜甲中玄     玄上

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2017年5月 3日 (水)

八ヶ岳を望む飯盛山です。

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清里~野辺山の間に位置する飯盛山は八ヶ岳や南アルプス、富士山の展望台です。先日4/30に行ってまいりました。この山はファミリー向けのハイキングコースになっています。八ヶ岳というより、奥秩父の西の端に位置します。
 
Dsc_0625_002私が、初めてこの山を訪れたのは、子供が小さい頃のこと、師匠を亡くした翌年の事でした。あれから、子供たちも大きくなり、今回で24回目。普段は厳しいアルプスにいますが、毎年、皆で必ず訪れる基点としています。
年月が過ぎ、長男が新しい家庭を持ち、一緒に訪れる人数が増えていくのは、 言葉に表し難き感謝を思うばかりであります。

何も険しい山だけが山ではありません。皆様のところにも、何らかの山があると思います。その原点に立ち返るということ、何事においても、大切ですぞ。

尊無上亜甲中玄   玄上

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2017年3月16日 (木)

辻説法|体が資本

 野球やサッカー、大相撲が始まりましたが、「体が資本」という言葉がございますように、それらをしている人達は直接的に体が資本であるというのがわかりますね。でも、体が資本と言われるのは、そういう人達だけではありません。このブログをご覧の皆様、この世の皆様すべてがそうなのです。

 

 あるスポーツをしている高齢者の方は「歳だからできない。」のではなく、「歳だからする。」というし、別の方は「明日で寿命が終わるという前の日までトレーニングをするよ。」という。私も、それをすすめています。できることから体を動かす事を始めましょう。「時間がない。」と申される方もいますが、それはないのは時間ではなく、「覚悟がない。」のです。

 

 例えば、スクワットするには、ものの5分もかからない。重いバーベルを持たずとも、カラ荷でやればいい。運動不足の人だったら、それで良し。椅子から立って、椅子の横に出て、両手をバーベルを担いでいる格好で上に上げて、おへそを天に向けるようなイメージで背筋を伸ばす。ゆっくりと「1・2・3・4」と足を曲げながら沈み込んで、「5・6・7・8」と足を延ばしていく。

 

1回8秒。10回で80秒。こんな時間ぐらいありますね。これを1日のうちに3~5回。お仕事のちょっと気分転換にいかがですかな。腹筋も自然と使いますので、出ているおなかもへこみますぞ()。他にも、プチ運動を考えてやってみてくださいな。

 

 歳をとるから体が動かなくなるのではなく、体を動かさないから歳をとるのです。いつまでも体は資本ですぞ。

尊無上亜甲中玄      玄上
 

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2017年2月26日 (日)

辻説法|一月行く、二月逃げる、三月去る。

合掌
 
久しぶりの辻説法です。
 
「一月行く、二月逃げる、三月去る。」、まさに、今の時期です。毎年の事ですが、1~3月というのはあっという間に過ぎ去ってしまいます。
 
まず、1月。年末年始があり、リズムに乗りにくく、上旬は機能しないことが多いものです。
 
2月は言わずと知れた、28日しかありません。いつもの月なら26日ですと、あと4~5日はあるのですが、今月はもうすぐ終わります。
 
そして3月。これは、2月の〆から数えると、3月の〆まで、いつもの月よりも2~3日は少ないわけで、2月の影響を受けているのが意外と盲点になります。
 
実は、この時期があっという間に去ってしまうのは、そういう理屈だけではなく、根本的に春の訪れという変化の時期にあたるのです。年度替わりであるのはもちろんなのですが、大自然の営みにおいても、変化の時なのです。
 
いわゆる1~3月というのは、本格的な一年の本編に向けての昨年からの変動の時期なのです。大切な時期ですね。ですから、隆達祈願や三守護特別修法で新しい年の本編に向けて力をつけようというものなのです。
 
一年の四分の一がすぎて、さあ、本番が始まりますぞ。しっかりと、心して邁進できますようお祈り申し上げます。
 
 
 
 
尊無上亜甲中玄      玄上
 

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2017年1月14日 (土)

白馬|大雪警報が続いています。

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昨日(2017/1/13)の未明から大雪警報が続いている白馬ですが、今日(1/14)からは吹雪となっています。現在、マイナス7度ぐらいですが、さらに気温が下がり、マイナス10度ぐらいの予報が出ています。写真では気温や風をお伝えできませんが、除雪中でも、ときおり風上に背中を向けてじっとしなければならないほどの猛烈な吹雪となっていて、体感気温はマイナス十何度と思います。
 
 
Dsc_0501_002 朝からの除雪作業ですが、みるみる積もっていき、ご覧の通り2時間あまりで再び除雪前の状態に戻ってしまい、自動車のタイヤの半分以上が埋まってしまいます。
 
大寒波の到来で、雪国の皆様は大変かと思いますが、お互いに頑張りましょう。雪国でないところにも雪が降る予報が出ていますのでご注意くださいな。
 
さて、雪国の大雪ですが、経験した人にしかわからないものですね。雪国でないところに住んでいて、たまに雪国に旅行した時には、すでに除雪してくれている状態です。いざ、自分がそれを経験しますと、その大変さがわかり、例えば、雪国の朝に宿の前が除雪してあると、「お客さんが起きる何時間も前の早くからご苦労大変でしたね」と、つくづく思います。
 
人の立場になれとか、苦労を知れとか言いますが、それを経験しないと、言葉だけでは難しいものです。写真では寒さや風をお伝えできないのと同じで、「百聞は一見に如かず。百見は一行に如かず。これ、一万聞は一行に如かず。」であります。ネットでいくら調べても、写真で見ても、一回の経験にはかないません。
 
ミニ辻説法になりましたが、一昨日の夜に北海道から帰ってきてからの大雪で、たまったメールの整理も途中のまま、ご覧の通りです。まだ返事を差し上げていない皆様には、もうしばらくお待ちください。
 
尊無上亜甲中玄      玄上
 

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2016年12月14日 (水)

辻説法|自分が大切な写真はtwitter や facebook には載せるな。

久しぶりの辻説法です。
自分が大切にしているのに、その被写体はSNSで公開するほど安物なのか?
ふと疑問に思うことがございます。
 
私は、御神沿、龍神様、小蓮華山や摩利支天の天通嶮、大師匠、厳冬期の行場、自分の正面写真はブログに載せたことはありません。

御神沿や龍神様はタダに見ていただくような安いものではないのです。実際にその足を運んで、道場に来ていただくという実践をした方だけが目にできる大切なものであります。そのようなものを、ブログやfacebook に平気で載せてしまうあさはかな宗教団体も目に付くこの頃です。

大師匠の写真も然り、天通嶮や厳冬期の行場は特にそうですね。私自身の写真はどうかと申しますと、私がイケメンすぎて皆様にショックを・・・(冗笑)、おっと、そうではなく、道場に来られた方や拝顔巡業でお会いできる方だけとしています。ま、買い物に出向いたりしてお会いするレジのお姉さん方はラッキーですね(冗笑)。

「諸行無常」は達磨大師が凍傷で手足を失ってやっと会得した四文字なのですが、現代では、その意味を簡単に検索で見ることができます。しかし、それには誤りがございます。言葉での頭でわかれども、その真髄には絶対に至らないのです。

実践して、苦労をし、その身でとらえてこそ、その大切な尊さがわかるのです。

白馬岳~杓子岳~白馬鑓の稜線から黒部の谷を見ると、それはそれは写真では言い表せない光景があります。それを写真に撮ってブログに載せても、そのダイナミックさはわかりません。風も感じないし、気温も感じない、その広がりも感じない。行ったことのある人にしかわからないのです。

現代では、自分が見たものを誇示するかの如く、SNS上に写真に載せている人が多いわけですが、もっと大切にしたほうが良いですね。そんな簡単なものではないだろう。見せたい人のために大切にしておいた方が良い。

飛行機雲が上空の風で変形しているのを「龍神様」の写真として、得意げに堂々と掲載しているのも見かけますが、ある意味恥ずかしいですな。簡単にSNSに載せると無知であるという恥をかくこともございます。

大玄行の山修行に私と共に入られた皆様はお分かりかと思いますが、神々との語らいはブログや facebook では表現できない実践した人にしかわからぬ大切な事象なのです。



それは、修行とかそういうのだけではなく、皆様の周りにも大切にしておくものがあると思います。それを、安く、twitter や facebook、ブログに載せてはむなしかろう。奥深い徳のある人となりますよう祈念申し上げます。

この頃は、なんでも「リスペクト(respect)」という言葉を簡単に使う人が多くなりましたが、「あれ?意味を分かって申しているのかな」と思うときもございます・・・尊いものこそ、大切に。

尊無上亜甲中玄    玄上
 
 
平成29年の隆盛安泰祈願の早期お申込みでより一層の力を。
 

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2016年11月 5日 (土)

アルプスから帰る事の喜び 2016

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春が過ぎ7月になって雪が融けて登山道が出てくると、アルプスは夏山の登山者で賑わう季節となる。いろいろな人に出会う。それも、楽しみの一つである。山頂に立った登山者は、皆さん良いお顔をしている。そこには、同じ標高差を頑張って登ってきた人々の笑顔がある。誰にも会わぬひっそりとした山行も良いが、そういう人との触れ合いのある山も私は好きである。

9月にもなると、アルプスは里より早い紅葉を迎え、気温がぐっと下がってくる。アルプスは夏山とは様相が変わり、10月に入ると雪を迎える。短いアルプスの夏は終わりを告げる。夏に賑わったのが嘘のように静まり返る山々。神々との語り合いの場となる。

毎年、当たり前のように、この時期を迎えているが、思い起こせばありがたいことである。無事に登り、そして、帰してくれてありがとう。

尊無上亜甲中玄     玄上

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