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2016年3月14日 (月)

辻説法|もうすぐ春のお彼岸。ふたたび雪化粧です。

Dsc_0107今朝の道場はマイナス2度。春のお彼岸ももうすぐですが、雪降りの朝です。5~10cmの積雪で、昨秋に落葉した楓がふたたび樹氷のような状態になりました。この冬は雪が少なくて、庭の除雪で盛り上げた雪も1mほどです。庭も雪が融けて地面が出てきました。

さて、春のお彼岸の入りまであと4日。今日のメルマガでもお話をしましたが、ブログにも載せておきます。
 

 「霊」という字を「徳」に変えてみましょう。そうすれば、ジメジメしたイメージの精神世界も明るくなります。それは、私の亡き師匠が申したことであります。「霊」というと、「たたり」だの、「地縛霊」、「幽霊」、「霊障」などなど、悪いことばかりですね。どうしても、古い昔から戒めや脅しの元に成り立っていた精神世界の構造でもあります。

 

 その「脅し」故に人の心はゆとりが生まれるどころか、逆に沈んでしまう。「霊」について述べる側にも問題がある。一般的にも霊感があるとか、霊能者であるとか申しますが、その多くは「あなたに~が憑いている」と人を脅かせたりもします。それによって人は恐怖におののき、当っていなくても、当っていると信じてしまう。

 

 大切なことは、聞く人にいかに「徳」を与えるかなのです。「霊障」にあらば、自分(霊能者)がその道のプロなんですから、あからさまにそれを指摘してしまって、聞く人を恐怖のがんじがらめにしてしまうことはないのです。人の心を恐れに導いてはならないと私は思います。

 

 積徳の念、それは霊というジメジメしたもので人を脅かすという時代から脱し、理力という心の力を与えるものであります。誰もが、恐れではなく、安堵の心でいたいものですね。心休まるお彼岸の日でありたいものです。ここに、不可思議なる理力と共にあり、皆様に徳力が宿りますようにと、いつも応援していますぞ。

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尊無上亜甲中玄   玄上


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2016年3月 7日 (月)

辻説法|霊が憑いている?

3月、今月は春のお彼岸がございます。そこで、霊についてお話を少し。

「霊とは何ぞよ?」と、問われてみれば、その答えに困ると思います。「亡くなった人の霊」などは答えになりませぬぞ。私たちは、日ごろ、わかっているようでわかっていない言葉を使っています。「あの人は霊感が強い」とか、さて、困ったものですな。

 

霊感の強い弱いをどうして判断できようか?それを判断するということは、その人以上に霊感というものを知っていなければならない。ただに、言葉の術に惑わされているだけのことも多いのではなかろうか? 私たちは知らずして、その「もっともらしい言葉」に興味を寄せてしまう。


「霊感の強い友達がいて、私の後ろに霊がついていると言われる。」とはよく聞くお話ですが、はたしてそんなに霊感が強いのだろうか?「霊がついている」と言う人は霊感が強いのか?そうではない。簡単にそういうことは言うのもではない。ただ単に軽いだけのご友人ですな。ことすれば、そのご友人は、お気の毒にも、とても因縁深い事をしているようにさえ思います。


「悪いことがおきるので、霊能者に見てもらったら、それは先祖が怒っているから、墓参りをしなさい」ということもよく聞くことです。しかし、悪いことが起こるのをご先祖様のせいにしてしまうのは、あまりよろしくはないのではなかろうか?。

ご先祖様はそんなに短気なのですかな?いや、おおらかだったかもしれないですぞ。まさに、「死人に口なし」で勝手に決めてもらっては、ご先祖様がお気の毒と思いますな。もし、あなたがご先祖様だったら、「私の子孫に、何てことを言うんだ!」と、その霊能者に怒りたくなると思います。

そんなにジメジメした霊ではなく、まさに、ご先祖様の徳をたたえようではありませんか。墓参りをしたら悪いことから逃れられるとか、お金が入るとか、仕事がうまくいくとか、そのような裏心ではなく。まさに、惑わない心、真摯な気持ちで、このお彼岸はお墓参りをしたいものです。

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2015年7月 9日 (木)

【辻説法】いじめ問題に行者もの申す

先日、岩手県で痛ましいいじめ事件がございましたが、それは止むことなく毎年のように耳にするこの頃です。

岩手県の事件では、担任の手落ちや、学校の手落ちにより、まさに、怒りと悲しみが世間にまきおこっています。連絡帳ではシグナルを送っているのに、平然とスルーする担任の返答に怒りを覚えた方が多いのではないでしょうか。

しかし、そのずさんな対応の裏には、担任だけを責めることのできない教育的観点および学校システム上の欠陥があると思います。それは、生徒さんが中一のときの担任と、中二のときの担任が、同じような対応をしていることを見ても、容易にお察しできると思います。

また、もし、責任を問うとしたら、いじめた生徒、スルーした担任、学校、教育委員会、市・・と思いを浮かべる方が多いと思いますが、それは法的にどうにかなったとしても、誰かに責任を取らせたにしても、それらは、トカゲの尻尾切りのようなもので、いじめ事件はなくなることはないでしょう。

ネットの世界ではいじめではなく暴行事件と呼ぶべきと言われていますが、まさに、その昔は、そうでした。私が、小中高の時代は、いじめはそんなにひどくはありませんでした。そら、カツアゲしている子もいましたが、それはいじめではなく、恐喝事件として補導されておりました。

いじめられる側の保護対策はこういう事件があるたびに言われていますので、深くは申しませんが、いじめるほうの心の問題はどうでしょう。自己中心的に心が育ってしまっている。その心は人に対する尊厳がない。

親御さんも、子供の前で、先生や他のお子さんの事を悪いことは言うまい。生きていくにおいて、すべてにそう。「人の悪いことを言わない良い人だったね。」と言われながらこの世を去っていくことのできる人になろうではないか。

担任に竹刀でどつかれたこともありますし、ビンタを食らったこともありますが、それはそれなりに、単に体罰やどうのということではなく、先生の威厳を尊重しておりました。これは、学校の先生だけではない。医療の世界においてもそうです。今や、先生の威厳を尊重しない、やたら「偉い人」の多い風潮も、今の時代を作ってしまっている要因のひとつのように思えるのです。威厳のある先生を生み出せない世になっているのではなかろうか。

それ、最近、ネット記事で「嫁と呼ぶのは差別か?」というのを見かけたわけですが、これまた、いじめ事件とまったく関係のないことではないと思うのです。「うちの嫁はん」「わいのカミサン」「おらっちのカアチャン」など、いろいろとございましょうが、なんだか、必要以上に過敏になり、世の中全体が心の病のようにヒステリックになってしまっている。

自己中心的な突風に巻き込まれ、前途開眼の顕現も失っている。この混沌なる世の中に何を求め、何を主眼とするか。それさえも見失っている。それ故に、怒りと悲しみの気は、世を暗雲で覆い、人を思いやる心、明るい心が育たない不毛の時となる。

この時代に光が灯りますように、深く祈るばかりであります。

尊無上亜甲中玄    玄上


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2015年6月15日 (月)

【辻説法】「みんなもやっているから」・・それがどうした?

合掌

 昨年の12月の暮れの寒行週間で、亡き大師匠のお山を離れ、一人、真冬の南アルプスの一万尺の山中での山行で「玄道創気」を記して、ちょうど20年になりました。そこで、しばらく、時々、至心玄道・玄道創気の経文にちなんだお話をいたしましょう。

 「尊無上亜甲中玄。大聖玄師の顕現し給う時現より、混迷の時現を克し、第三創気に於て輝かしき耀光、亜甲中玄来下し給う妙体神気に感応する哉。我等、歓喜に満たれり新世創気に受感を賜らん。」

 ごくあたりまえのように暮らしている中において、私たちは知らない間に、混迷の中であれども常識のごとくとらえているときがあります。その多くは、情報の伝達における物質的な思考により、常識たるものが、人の道として、ゆがめられたることにもなっているものです。

 幼いときから「~ちゃんもやっているから」というように育ってきていることが多いと思います。「みんながやっているから」と、良いことのように考えてしまうところに、大きな落とし穴があります。それが、今の社会構造になっているとすれば、どうでしょう?「借金、みんながやっているから」、それでは困りますね。

 混迷の時現において、人心の荒廃があります。「ウツ」という言葉、確か、その昔は、あまり耳にしなかったわけですが、時代と共に、医学も心の範囲まで達し、「ウツ」という言葉が流行言葉のように日常茶飯事となってきました。明らかに病名がつけばそうなのですが、すべてが物質的にとらえられているという、考えようによっては、社会全体が「ウツ」でなくとも、心衰弱した、病におかされているように感じます。

 それ故に、利害で人を攻撃したり、何かあれば、誰かの責任にしないと納まらない。いいことがあっても、共に喜ぶことができず、妬みや嫉妬の気が蔓延しているこのご時世ではなかろうか。人は苦を抜き、楽のみを求めるが故に、混迷してしまっている。

 ここに、それらの混迷から開放されるには、苦楽の次元を超越したる力が必要となります。「みんなが・・」「むかしから・・」ではなく、「今までにない・・」ということが常に未来へ向かっての力ともなります。未来は「今までにない」わけですから、また、あなたの人生は「みんなではない」わけですから、ここに、亜甲中玄の耀光にて、その妙体、現ずるものと信じて、日々精進するのですぞ。

尊無上亜甲中玄    玄上

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2015年5月31日 (日)

【辻説法】吸う息もあれば、吐く息もある。

合掌

  吸う息もあれば、吐く息もある。

 あたりまえのようですが、これがまた、人生においてはできないことが多いものなのです。吸った息をずっと蓄えようとして息切れしてはいませんかな。

 高い山を登っていると、酸欠になっている人を見かけることがありますが、息苦しいので、あわくってしまって、一所懸命、空気を吸おうとしています。息を吐かないと吸うこともままならないものです。深呼吸は、まず息を吐いてからです。

 目先の事象にとらわれ、全体が見えていないときによくあることですが、今や、その状態が常識になってしまっているものです。それ故に、人心は荒廃し、なんと視野の狭いものであろうか。

 出すことを恐れ、吸おうとするばかり。それだから徳も積めない、うすっぺらい道を歩んでしまう。そんなちっこい人間になっていませんかな。 

 力!力量増強ですぞ。

尊無上亜甲中玄      玄上

2015年5月 8日 (金)

【辻説法】耳の痛い言葉が、あなたの心を癒す。

合掌

 耳の痛い、いやーな言葉が、あなたの心を癒しますぞ。いや「癒す」というような、なまぬるいことではないかも。


 癒される事ばかり考えていると、いつまでたっても癒えない。


 人は楽なほうへと心が動く、楽ばかり探している時間がもったいないですな。さ、思い切って立ち上がってみましょうぞ。することはするべし。癒えるには、まず、何か動くことです。

 冬に、寒い寒いとじっとしていては寒さが倍増し、夏に、暑い暑いと這いつくばっていては暑さが倍増する。

 さ、五月晴れの日々、元気に動きましょう。癒されるというような受身ではなく、自ら運命の力をつけにゃ。運命転化ですぞ。

尊無上亜甲中玄      玄上


★「運命転化スペシャル」のお申し込みは http://homepage2.nifty.com/genjoe/un69.htm

2015年4月22日 (水)

【辻説法】霊感が強いということのお悩み。

先日、関東方面拝顔巡業も終わり、久しぶりに辻説法です。

たまにですが、霊感についてのお悩みの相談を受けることがあります。

「霊感の強い知人に、婚約している人と結婚したら今までにない苦労をする。」と言われたことに悩んでいる人。「5歳の子供が霊感が強くて、夜になると何かが見えて怖がるのです。」と悩んでいる親御さん。

さて、それは、はたして霊感が強いのであろうか。また、それは霊感であろうか。私はそうではないと思います。霊感とは、そのような幼稚な次元のものではありません。なんと考え方がうすっぺらいものかと思います。

「霊感が強い知人」「子供が霊感が強くて」と、霊感の強弱が、はたして相談者はわかっているのだろうか。何をもって霊感が強いと思っているのだろうか。これらの例には、ある危険が潜んでいるのです。

まず、霊感が強いという子供さんの場合。親御さんが、霊感が強いということに恐れたり、それを傲慢に受け止めたりして、いたづらに霊感が強い子供像に仕上げてしまうことです。

なんで夜にならないと見えないのか?あるならあるで、昼でも普通にあるとしたもので、そこに「霊感が強くて」と、霊感のせいにしてしまうのは、子供の心の成長において危険な事なのです。

その子供さんが大きくなれば、罪深くも霊感の強い知人になるかもしれない。その霊感の強い知人には、ひとつの罪があります。

自己が、霊感が強いうという優越感で人を脅してはなりません。婚約して幸福の絶頂にいる人を無責任に悩みの種を持たせた事になるのです。

本当に霊感が強いなら、いちいち言葉にはしない。目に見えぬ事を言葉にして伝えるほど面倒な事はない。自分が述べた言葉が相手にどのような影響を及ぼすかは瞬時のうちにわかるものである。

それもわからずして、優越感半ばで「結婚したら今までにない苦労をする。」と述べているなら、それは「霊感が強い知人」ではなく、「深いごうと暗黒の気を持つ知人」とさえ感ずるところであります。

そら、結婚して家庭を持てば独身時代にはなかった苦労をするというのは世の常であり当然のこと。だから、霊感の強い知人に言われた事なんぞ気にしないで、一生に一度(たまに二度三度の人もいますが・・笑)しかない幸福を味わうが良い。

また、霊感が強いというお子さんについては、それ霊感と処理して逃げずに、親として正面から心の成長を見守ってあげてほしいものです。

最後に、はたして霊感とは何ぞよ。わかっているようでわかっていない言葉の一つではなかろうか。それは、人を怖がらせるためにあるものではない。まして、優越感に浸らしめるものでもない。

霊感の次元を語るに、簡単に「霊感が強い」などとは申せるようなうすっぺらいものではないのです。本来は、大自然の徳の元における営みにあり、崇高なる感覚であります。

そう、現在、世間でいわれている霊感像をみなおしてみてはいかがですかな。

尊無上亜甲中玄   玄上


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2015年4月 8日 (水)

「スマホやめますか、大学生やめますか」について。

娘に聞いた話なのですが、今、何気に信州大学が全国的に有名になっているらしい。
先日の信州大学の入学式の挨拶の冒頭で「スマホやめますか、信大生やめますか」と述べたことがツイートされて、話題になったという。

相変わらずセンセーショナルなお話をされる学長らしいですね。
それに親しみを覚える学生も少なくはない信州大学ですが、気になるので調べてみると、一部の報道機関は少し違うようなのです。

その挨拶を紹介しますと、地元の信濃毎日新聞では、

「スイッチを切って本を読もう。友達と話をしよう。自分で考えることを習慣づけよう。自分の持つ知識を総動員し、物事を根本から考え、全力で行動することが独創性豊かな信大生を育てる」・・

と、なっていて、その冒頭に「スマホやめますか、信大生やめますか。」が入っているわけですが、朝日新聞がその部分だけピックアップして、「学長が学生に迫った」と報道したものですから、それがヤフーニュースなどで転送され、話が大げさになったらしいのです。

全体を読めば「迫った」などとは思えない内容ですね。情報の断片を作り出し、情報の断片が独り歩きすることにおける恐ろしさがこういうところにも見え隠れしています。

小中学生のLINEの使い方も問題になってはいるこの頃、すぐに返信しなければ仲間はずれにされるとか、そのような心の貧しい考えの仲間なら仲間はずれにされていたほうがいいのではないかとも思う。子供の社会はそう簡単ではないというご意見もあるわけですが、大人になってもそういう使い方をしている人もいますね(笑)。

話題の信大の大学生に聞くと「そんなアホな使い方はしないよ。」という。なるほど「アホな使い方」という表現は面白い。画像をツイートして問題になったりする若者は「アホな使い方」をしているわけで、ほんの一部。若者が皆そうであるかのような印象を与える情報の断片にも気をつけたいものです。

さて、今朝(4/8)の白馬は雪。うっすらと積もっています。この春の雪を何度見ることやら。歳月という年輪の刻みを思うところであります。

尊無上亜甲中玄   玄上

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2015年3月12日 (木)

3月の大雪。白馬の春はまだこんな状況です。

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爆弾低気圧の通過で冬型の気圧配置となり、一昨日から雪が続いている白馬です。上の写真は信濃森上駅付近ですが、地吹雪になると、前が見えなくなってしまいます。この冬は12月からの降る雪の量がすごいですね。

150312_0813563月も半ばに入っていますが、まだまだ大雪が続いている白馬です。庭の除雪の山は3mを超えております。スノーダンプですくっては山登りの繰り返しです。この雪の山は、スノーラ除雪機でできた山ではなく、しっかりと踏み固まっていて、体積以上に多くの雪が詰まっております。

150312_083315なんとか駐車スペースを確保しています。
そして、裏の窓から見た畑と農機具小屋・・のはずですが、ん?どこにあるのだろう。 見えるのは窓の半分の高さにまで積もった雪だけです。
150313_091531そういえば、今日で栄村の大地震から4年が経つのですね。あれは、東日本大震災の翌日でした。白馬でも震度4だったように記憶しています。
今朝の信濃毎日新聞に、4年が経ちましたので「復旧から復興へ」という見出しで掲載されていたわけですが、昨年の白馬神城断層地震の影響もまだ、復旧の前の仮復旧の状態です。雪が解けるとボコボコの道路が再び顔を出すことでしょう。ほんと、今、ボコボコなのです。

さて、このように、目に見える災害もあれば、意外と知らずにいるのが、目に見えぬ災害です。それは、人々の心の荒廃。最近の一例として、川崎の中一殺害事件の加害者の親の荒廃したる心。真摯という二文字はいずこに消えたのでしょう。

この世が、平穏となりますようお祈り申し上げます。

尊無上亜甲中玄   玄上

2015年2月26日 (木)

【辻説法】春の覚悟。陽光のエネルギー。

 2月19日の「雨水(うすい)」を境に、急に気温が上昇し、雪融けが進んでいます。早くも春の訪れです。それにしても、ちょっと早いですね。

 さて、先日来、ご案内申し上げています、今年の心「量心」ですが、この春の決意として、ボリュームのある力の心。そう、決意といえば、覚悟が必要になってきます。

 仕事にしろ結婚にしろ、何事にも覚悟が大切です。親になる覚悟、これがなければ、子がかわいそうになるし、夫になる覚悟、妻になる覚悟・・社長になる覚悟、そう、社長になったらお金持ちになれるかってそうでもない。とても、しんどいものですな。

 いつも「腰を据えて頑張れーい!」と申すときもありますが、不安の心などから、腰が据わらない、常に、どこかに逃げ道を作ってしまう。借金を当てにしてしまうのも、その心の弱さともなります。仕事が萎えれば、しばし、借金で・・とんでもござらん。お金に対する覚悟がなっておらん。

 「だめだったらどうしよう・・」。だから、だめなのじゃ。覚悟がなっておらん。

 いいですかな?恐れるなかれ、失望するなかれ。ここに、ボリュームのある力の心をして、春の決意とまいりましょうぞ!仕事に、事業に、恋愛に、結婚に、健康にも、そう、覚悟を決めてとりかかりましょう。そこに、火事場の馬鹿力という不可思議なる力が宿るものです。

 「ほらー、やればできるじゃないか。」・・そういう願いを込めて、ボリュームある力の心の御霊書をご用意しています。春の陽光はすごいエネルギーですが、まさに、その勢いのごとく、ここに、一体一体力をこめて隆達量心祈願を行っています。

尊無上亜甲中玄    玄上

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